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最悪のシナリオ07

「我々が貴方がたをお守りします」と靖明が真っすぐな視線を僕に向けて断言した。  僕は、ハッとすると「もう一人……」と口を滑らし、ゴホンと咳払いしてから「守るのは蛍と楠木 智紀の二人でお願いします」と言いなおした。 「我々が守るのは、楠木 莱耶さんと小森 蛍さんのお二人だけです。申し訳ありませんが、楠木 智紀さんは道元坂さんから頼まれていません」 「なら僕から、頼ませてもらう。智紀を守って欲しい。僕は守らなくていいから」 「そうはいきません」 「ここで拳銃を撃ち、君たちを脅しても?」  靖明がクスッと笑い、首を横に振った。 「貴方には出来ない。私を脅したりはしない」 「やってみなきゃわからない」  僕は一度しまった拳銃を、再び手に持つ。  細身の男がパッと警戒態勢に入るのに、もう一人の大男は「ふん」と鼻を鳴らして小さく笑った。 「僕を馬鹿しているのか?」 「違う。靖明の言葉が的を得ているな、と思っただけだ。恋人が瀕死の状態で、一刻を争う。すぐにでも医師に診せて、治療を受けなきゃいけない状況で、貴方が暴挙にでるはずがない。荒々しい脅しの言葉を連ねることはあっても、拳銃をここでは撃たない……いや、撃てない。彼を生かしたいなら……の話だけど」  大男が何もかも見透かしたような表情で、口を開く。  頭にくる言い方だが、確かにその通り。蛍を思えば、ここで僕は暴挙には出られない。  智紀も蛍も守りたい。 「気休めになるのか、わかりませんが。我々の調査報告によれば、楠木 智紀さんの命は狙われることはありません。小森 優衣の狙いは道元坂さんの組織を潰すことと、小森 蛍さんの組織を乗っ取ることのみです」 「全然、気休めにならない。恵の組織を壊す材料に智紀はなりえる存在だ。いつ利用されるか」 「利用はもうされています」 「は?」と僕はつい不機嫌な声をあげて、眉を引き上げた。 「大丈夫です。生きてますから。怪我もしてません。道元坂さんと合流もしたようですし」と靖明がスマホの画面を見ながら、言葉を発した。 「それは恵が、小森 優衣から引き剥がしたってこと?」 「違うようです。智紀さんが自力で逃げ出し、道元坂さんと合流した、と報告があります。小森 優衣は智紀さんの生死に興味はありません。ただ……彼の過去には興味があるようです。楠木 莱耶さんとの関係にも」  含みのある言い方をしたあとに、靖明がゆっくりと瞼を閉じた。 「智紀さん、全てを理解しているようです。貴方が必死に守ってきた過去を」  なんだって!?  手の指からするりと拳銃が滑り落ちた。  智紀が、知ってしまった!? あの過去を。 「大丈夫です」  靖明の落ちついた口調が、僕の腹を抉る。 「なにが『大丈夫です』と言い切れる? 智紀が……智紀が、あのことを知って……。『大丈夫』なわけない」 「大丈夫です。貴方が思っているほど、楠木 智紀さんは弱くないですよ。とても強い。そしてきちんと理解しています」 「あんたの弟は、優衣って女からいろいろ聞かされても、道元坂の元へと行った。だから大丈夫だと、靖明が言ってるんだ。実際の状況をあんたの目で見たわけじゃないから、ムカツクだろうし、焦る気持ちもあるだろうよ。だからこそ、今一番あんたがすべきことは何だ? 道元坂さんが俺らにあんたらの身を隠す手立てをしたのは何のためだ?」  十代の子供に諭されるとは……僕も堕ちたものだ。  僕は深呼吸をしてから、拳銃を懐に戻した。 「確かに君たちの言うとおりだ。ここは君たちに任せることにしよう」  龍原の屋敷の中に、設備の整った病院があるとは。  僕は信じられない光景に、ただ白い廊下に立ち尽くした。  目の間にある締め切られたドアの向こう側では、蛍が戦っている。  龍原のお抱え医師の治療を受けている。  なんとしても生き延びてほしい。    死なないで、蛍。  僕を一人にしないで。 「どうして、僕はいつも……」  後悔ばかりだ。好きな人が遠くになりそうなって初めて気づいてばかり。  僕は廊下に、がくりと力が抜けて膝をついて座りこんだ。  わかっているフリして。理解しているフリをして。  恵が両親を殺して、僕にはもう叶わない『家族』を恵が手に入れたのを妬んで……。恨んで。  恵の息子である蛍に八つ当たりをした。  蛍のせいじゃないと口にしておきながら、蛍の想いを利用して僕は、ひどいことばかり。  好きなのに。 「愛してるのに」  これじゃあ、侑のときと同じじゃないか。  僕はあの時から全く変わってないじゃないか。  涙が白い床に流れ落ちる。    ……殺してやる。  蛍をこんなにして。恵の娘だろうが、僕は許さない。

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