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きょうだい03

―恵side- 「ただいまぁ」  玄関のほうから、明るい声が聞こえてきた。  智紀が帰ってきたのだろう。  私はソファに座ったまま、ダイニングのドアに視線を動かした。  まもなくドアが開いて、ライと智紀が明るい表情で入ってきた。 「怪我、大丈夫か?」と智紀が私のもとへと近寄ってきた。 「大丈夫だ。痛み止めをうたれたから、少し意識が朦朧としているくらいだ」 「珍しくちゃんと治療したんですね」  ライが冷ややかな言葉をかけてきた。  私は智紀を見て、「誰かさんがすっかり私の部下の教育をし直したからな。どいつもこいつも心配性な奴らになって困る」と笑った。 「あ、当たり前だろ!」  智紀の顔がみるみる赤くなっていく。  ごにょごにょと何か言いながら、智紀がキッチンのほうへ行ってしまった。 「離れてきてよかったのか?」 「翔が傍にいます」 「お前自身が平気なのか?」  ライがじろっと私を睨んできた。  聞いちゃいけない内容だったようだ。  傍にいたい。でも出来ない。  智紀をここまで無事に警護するのが、ライの仕事の一つでもあるから、な。 「明日は智紀を寝坊させてください。ついでに恵も午後からの出勤にしていただけると助かります」 「……わかった。と、いうか。休ませてはくれないのか」 「休む? どの口が言ってるんです?」 「過労死させる気か」 「午前中だけあれば、充分でしょ」  ライがヒラヒラと手を振ると、私の部屋を出ていった。  ったく。すっかり元のライに戻ってる。 「兄貴、帰ったのかよ。コーヒー、いれたのに」 「話せたのか?」 「ああ。兄貴の分のコーヒーも、道元坂が飲んでくれよ」 「わかった。今夜は寝ずに……という智紀からの誘いってことだな」 「はあ?」と智紀が不機嫌そうな声をあげた。  ライ用に持ってきたコーヒーを智紀が、テーブルに置かずに、キッチンに持ち帰ろうとする。 「そういう意味で捉えるなら、このコーヒーは捨てる。勿体ないから、飲めっていっただけだ」  フンっと智紀が鼻息荒く、噴射した。 キッチンに入った智紀が、コーヒーを捨てて、マグカップを洗いながら、寂しそうな表情になった。 「どうした? ライを呼ぶか? まだ一緒に居たいなら、呼び出すが」 「違う。兄貴じゃない。食器が増えたなって、思ったらちょっと……」 「ああ。そうか。ここに戻ってくるの……智紀は久しぶりだからな」  智紀がこくんとうなずくと、マグカップをカゴに静かに置いた。  私は立ち上がると、智紀のいるキッチンに入った。智紀の後ろから、ピンク色のお茶碗を手に取ると、「捨てるか」と呟いた。 「え?」 「もう、いらないだろ」 「家族、なんだろ?」 「戻ってこないだろ。処分は決めてないが、家族ごっこを求めるような子じゃない」 「道元坂……」 「つらそうな顔をするな。私は平気だ。それにこの食器で、あの子はほとんどご飯を食べてない。遊び歩いてて、蛍がいる時間にしか居なかったらしいからな」  私の顔を、智紀が切なそうに見てくるのがわかる。  平気だと言っているのに。  私は、智紀にキスを落とした。

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