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それから03

 あれ? もう起きたの? いつもだったら、1時間くらいは意識が無いのに。 「僕を気絶させてまで、妹に会いたかったんですか?」  俺の横に立った莱耶が、俺を睨みあげた。  すっかりバレてる。俺の行動はお見通しってわけね。気絶するフリをして、俺の行動を見たわけ、か。  ここにくるのを結局許してる莱耶も、俺の様に甘いじゃんか。 「起きてたら会わせてくれないから」 「当たり前。拳銃を突きつけて、交際を迫った上に、殺そうとした女に会わせたいと思うわけない。僕はもう、あんな思いはしたくないんでね」  莱耶の視線が動いて、優衣を睨み付けた。 「梓を知らずに育ったあんたは、蛍に比べて数百倍も幸せだっただろうね。勝手に悲劇のヒロインぶって、蛍や恵に散々迷惑かけて。どんだけ良い環境に恵まれているんだか、思い知ればいいと心の底から思う。が、あいにく梓はもうこの世にはいないから。蛍の苦労もわからないだろうし、自分がどんだけ不幸かって吠えられるんだろうけど」 「莱耶、そこまで言わなくても」  優衣はもしかしたら、俺らが知らないだけで。ツライ環境だったのかもしれない。  きっと母さんに見つからないように、逃げている生活だったんだろうから。 「蛍、この女は言わなきゃわからない。死んで償うべきところを、蛍の恩情で生きているんだから。知らなくちゃいけないんだ。知って、これ以上の迷惑をやめてもらいたいね。食事を用意してもらって、さらには点滴って。どんだけ甘ちゃんなわけ?」  優衣がムッとした表情になって、莱耶を睨みあげた。 「私が望んでるわけじゃない。点滴なんていらない。殺したければ、私を殺せばいい。誰にも私の辛さなんてわからないんだから!」 「あんたさ、相手の辛さを理解しようともしないで、自分の辛さだけ相手に押し付けてんじゃねえよ」  あ。莱耶がキレた。言葉使いが汚いなんて、珍しい。相当怒ってる。  スッと目を細めた莱耶が、優衣の横に立つと拳銃をこめかみに突きつけた。 「あんたはお母さんに『殺せ』って言われたんだ。恵は娘が欲しかったから、梓の目を盗んで椿って人に預けたわけ。バレたら、恵も椿も命がないってわかっててあんたを生かした。蛍は後継者として傍に置いてはいた……が、殺されそうになった。恵があの女を殺してなかったら、蛍の命が危なかった。後継者として生かしておいたくせに、気に入らなかったら息子すら殺すような女だ。そんな母親のどこに未練を感じてる?」  莱耶が優衣の耳元で、囁いた。 『蛍や恵のほうが、よっぽどもあんたを想って大切にしてくれてたのに』と、莱耶が優衣に言ったのは、俺には聞こえなかった。 「『あの時はああするしかなかった』」  優衣の視線が動いて、俺をまっすぐに見つめてきた。 「え?」と俺は優衣に聞き返す。 「道元坂恵がそう言ったの。どうして母さんを殺したのか?って聞いたら。ああするしかなかったって。理由は言わないって。言ったら、悲しんで己を責めてしまう人がいるから」    優衣の言葉に、俺は口を緩めて微笑んだ。脳裏には、おぼろげな映像が蘇る。母親にナイフを向けたときの光景が思い出された。  あの時、親父も莱耶も俺を守ってくれた。すごく嬉しかったのを覚えている。 「俺は母さんの組織を裏切った。親父の組織に寝返ったから。母さんの右腕だった男も……そのせいで命を落とした。俺の浅はかな行動で、大切な人を傷つけた。だから、俺はもう……誰も……」  胸の奥がぎゅうっと締め付けられて、言葉を紡げなくなった。  唇を噛みしめて、鼻で深い呼吸をして、気持ちを落ち着けようとした。 「甘い男。誰が犠牲になったっていいじゃない」  優衣がぼそっと吐き捨てた。 「そこに惚れたくせに。本当は甘い男にすべてを許してもらって、愛してもらいたいくせに。今まで貰えなかった愛情が欲しいくせに。なのに傷つけるしか愛情表現ができない……でしょ?」  莱耶がニヤッと笑って、優衣から離れていった。 「……るさい」と優衣が、そっぽを向いた。 「あの子はもう大丈夫。死なない」  莱耶が俺の隣で、小さい声で囁いた。 「私が奪ってもいいわけ?」 「どうぞ。僕から奪えるなら」  俺の首に手を巻き付けて、莱耶が優衣に勝ち誇った笑みを送った。

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