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莱耶の想い人01

―莱耶side―  僕の前で広い背中が、小さく見えた。蛍は妹のいる部屋を出て、廊下の途中で足を止めた。僕の蛍の後ろで足を止めて、背中を見上げた。  荒々しく抱いて、僕を気絶させてまで妹に会いたいなんて蛍は優しすぎる。愛か、死を……と拳銃を突きつけた女なのに。  生きていてほしいと、手を尽くすなんて。  僕が会いに行って欲しくないことを知っていて、僕にわからないように行こうとするなんて。時と場合には、残酷な行動なんだよ? 蛍。  ねえ、蛍。わかってる? 僕はもう、自分の想いを隠すのはやめたんだ。もう後悔はしたくないから。失ってから気づきたくないから。  蛍の屋敷に身を寄せる決心をつけたのだって、その一つなんだ。 「莱耶、俺……侑のこと」  僕に背を向けたまま、蛍が声を震わせた。  ああ、だから背中が小さく見えたんだ。何を言い出すかと思ったら、6年も前のことを思い出して、勝手に傷ついていたんだ。  優衣に、己の過去をさらけ出して、蓋をしていた過去を思い出した。見たくない感情が蓋からあふれ出してきて、苦しくなったんだ。  僕は大丈夫なのに。蛍はいまだに、傷を負っている。侑のことで。 「『甘い男。誰が犠牲になったっていいじゃない』」  僕は優衣の言葉をそのまま蛍にぶつけた。 「え?」と蛍が小さく驚いた声をあげて、僕に振り返った。 「今にも泣きだしそうな顔をして」  僕は蛍の頬に手をあてた。 「俺は、莱耶の大事な人を自殺に追い込んでしまった。俺が母さんよりも親父を選んだから」 「蛍がこちらに来たから、今の僕たちがあるのに? 後悔していると? あの日、蛍が恵のところに来てなかったら、僕はきっと蛍を殺してた。智紀や恵たちのために。僕は暗殺者だ。恵や智紀の敵になる人間を殺すのが仕事だよ」 「俺が死んでも、侑は生きていたでしょ? 莱耶と恋人同士に……」 「なっていませんね」と僕はぴしゃりと冷たく言いきった。  なるわけがない! 僕が恵側にいる以上、侑とはライバルでしかない。いや、敵同士だ。好きだの付き合うだのという話に、そもそもならない。  二人きりで会うこともない。  あの時、体を重ねられたのは、侑がもう生きることを諦めたから。梓側の人間でいるのをやめたから。  過去にできなかった想いを昇華しただけのことだ。お互いにそれがわかっていたから、体を重ねた。  あのときにはもう、僕にも侑にも恋愛感情なんてなかった。たとえ、侑も恵側についたとしても、僕たちは関係を続けたりはしない。  必ず僕は、蛍に恋をしていた。 「蛍がもし僕に殺されてたとしら、侑だって死んでます。僕が蛍より先に、殺してます。たとえ、撃ち損じたとしても、侑は自殺するでしょ? 梓が生きることを許さない。後継者が暗殺されて、傍にいた人間を生かしておく人間? 侑にとって梓が全ての男でした。僕と侑が恋人同士になるなんてあり得ない」 「そんなこと……わからないじゃないか」  いつまでもグジグジと情けない。過去は過去だ。僕にとったら、侑はもう過去だ。そもそも侑を最初に、捨てたのは僕。  僕は、恵を選んで侑のもとを離れている。仕事を放りだし、勝手に姿を消した。

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