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莱耶の想い人03
そのうち、裏の仕事も手伝うようになった。暗殺者として、僕には腕がある。恵に信頼されている。心地よかった。
でも、知ってしまった。恵が僕ら兄弟になぜ、手厚い加護をしてくれるのか。
恵のデスクに、僕らの両親の調査結果や僕たちのその後の調査も入っていたから。すぐにわかったよ。恵が僕たちの両親を殺したって。
罪の意識から、僕たちに優しいのだと。僕はそれを知らないフリをして、恵から加護を受け続けるって決めた。
僕も恵と同じ。この世界しか知らないから。どうにもできなかった。もう表の世界には戻れない。戻れたとしても、智紀に十分な生活は与えられない。
それならこのままで。僕さえ、知らないフリをしていればわからない。
だから、優衣の存在が現れたときに怒りが止められなくなった。
僕にはもう、恵によって家族はない。智紀だって、今はもう僕を兄とは思ってない。兄に似ている記憶を失った男。
なのに、恵には息子がいて、娘までもいる。梓によって失っていた家族が、よりを戻そうとしているのが、たまらなく憎らしかった。
僕にはもう取り戻せない家族。なのに、僕たちから家族を奪った恵には、家族がいる。恵には諦めていた家族が。
あの時、優衣よりも智紀との生活を優先してたら、あそこまで僕は心を乱しはしなかった。恵が選んだのは、優衣だった。
優衣を家にあげ、智紀にホテル暮らしを優先した。許せなかった。智紀を好きなはずなのに。智紀を追い出して、優衣を蛍で家族ごっこを始めるのかと思うと、黒い感情が芽生えた。
実際のところ、恵に聞いてみなければわからない。家族ごっこが目的だったのか。智紀を安全な場所に置いておくために遠ざけたのか。優衣が暴走するとわかっていて、遠ざけた……と思いたいけど。
あの時は、怒りのほうが先にたっていた。冷静に物事をみられなかった。
恵から距離を置き、蛍を体だけの関係で縛った。優衣に撃たれて、蛍を失うかもしれない……そう思ったとき、自分のしていた薄っぺらい行動を後悔した。
僕は好きな人を、好きだと言えないまま……好きだと表現できないまま、終わってしまうのかと。全身の体温が一気にマイナスになった気がした。
まるで雪山に夏服で放り投げだされたみたいな感じだった。寒くて、体の芯からガタガタと震えが起きた。
もうあんな想いはしたくない。カイルみたいにバカの一つ覚えの様に「好き」を連呼は出来ないけど。僕は僕なりに、蛍を大切に想っていきたいって思った。
「親父が……莱耶の両親を」と話し終えた僕の言葉が止まると、蛍が蒼白な表情で呟いた。
「僕は大丈夫。恵には、僕なりの決着をつけてあるから。恵もきちんと受け止めてくれた」
体に拳銃を打ち込んだ。あれで僕の想いは伝わっているはず。
憎しみも悲しみも、あの弾に込めて撃ったんだ。もう過去の感情は、すっきりしている。
「ずっと、隠して? 智紀の為に」
「もう、智紀は知ってるけどね。優衣に全部、バラされたから」
「俺より、壮絶すぎるだろ」
蛍が苦しい表情で笑みを作り、椅子に座っている僕を抱きしめてくれた。
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