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莱耶の想い人04
「僕は記憶の上塗りをすれば、感情は消える。蛍はそういかない。左手がうずくたびに思い出す。蛍のほうが僕より、ずっとツライと思う」
「俺は大丈夫。母さんの見立て通り、組織の上に立つ人間には不釣り合いだった。母さんみたいに統率力はないし、親父みたいに戦闘に長けてるわけじゃない。今もここに生きているのが不思議なくらいだ。俺のまわりに優秀な人たちがいるおかげだ」
蛍がにっこりと笑う。僕は蛍の首に手を巻き付けると、キスをした。チュッと音をたててから、唇を離す。
「蛍の魅力はそこだよ。恵に、僕に、翔。むかつくけどカイルも。蛍を守りたいって思わせる魅力がある。僕は、守りたい以外にも支配したいっていう気持ちもあるけど」
「初めて会った時から支配されっぱなし」
蛍がクスッと笑った。
始めの頃は13歳のガキのくせに……って何度も思ったな。恵譲りの性欲の強さに、苛々した。
今は大好きだ。好きすぎて……やっぱり苛々してる。
「莱耶、いい加減に出社してもらわないと業務が滞るんだが?」
音もなく僕たちの背後に立った恵が、低い声を出した。
「一日くらいの無断欠勤、目を瞑ってもいいと思いますけど? 僕、かなりの激務をこなしているかと思いますが?」
「自堕落な生活を送りやがって」
恵が「ちっ」と舌打ちをした
乱れたベッドでも目にしたのだろうか。それとも僕の最近の遅刻癖を根にもっているのだろうか?
「私が智紀との時間を優先しようものなら、寝室にまで乗り込んでベッドから引きずり出してたやつが。蛍と同棲を始めた途端、コレか」
蛍と抱き合っていた僕を、じろっと睨み付けてきた。
「恵の場合、『僕の智紀』を傷つけるからです」
「ほう。それなら私の息子を傷つけないでもらおうか」
「傷? つけてませんよ? 僕の中でトロトロですから」
「想像したくない」
「しないでいただきたい」
間に挟まれている蛍が、困った表情なのを無視して僕と恵はニヤッと笑いあった。
「なあなあ、カイルの部下ってもうここにいないの? 人生ゲームをしてやろうかと思って来たのに」
バンっと荒々しくドアを開けてきた智紀が大声を出した。
「ああ、カイルたちなら屋敷の北側にある離れの……」
「あ、いんのね。了解!」
智紀がすぐに背を向けて、廊下へと飛び出していった。
「智紀を連れてきたんですか?」
僕は恵を睨み付けた。
「私はこれから中国に出張するからな。居ない間はこちらに預かってもらう。蛍には了承済みだ。莱耶は私が居ない間、会社の運営を。だから、出社してもらわないと困るんだが?」
「ハイハイ。わかりました」
僕は立ち上がった。
優衣との一件が落ち着いたからって、恵にしたら、完結じゃないんだ。次がある。
僕も、蛍と一緒になれたからって終わりじゃない。これからがある。
蛍も。智紀も。優衣も。カイルにも。僕たちはそうやって年を重ねていくんだ。
誰があんたなんかとⅤ 終わり
ご愛読、ありがとうございました。
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