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chapter.1-15
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「カレン、本部の者が報告を催促してますが」
「待たせといて」
態々発注させた鏡台へ体重を掛け、カレン・デリンジャーはビビッドカラーのルージュを引き直す。
トワイライト・ポータルは未だアジアにオフィスは無く、先日簡素なこのマンションを拝借しただけだ。
「アフターの約束を取り付けても良かったのでは?」
背後から不躾な部下の提言が飛び、カレンはヒールを鳴らして振り向いた。
「何それ、あたしにセクハラしてんの?」
「いえ…失礼しました、貴女なら主導権を握るのもお上手かと思いまして」
あたふたと弁明を加えるも、何だかその台詞からしてセクハラ臭い。
カレンは軽薄な男へ嘆息し、鏡台へどっかりと腰を落ち着けた。
「馬鹿ね、あの場は挨拶で撤退して正解」
「件の副社長とティータイムくらい楽しんでも良かったのでは?」
「無駄な時間だわ。彼は女に慣れ過ぎてる」
名刺を摘まみ上げ、ふうと息を吹きかける。
美人局ではないが、確かに行きしなではカレンも色仕掛けを考えていた。
「…ではあの鋭い目の青年は」
「一番若い子?あの子は右に座ってた子猫と出来てるわよ。揃いの指輪もしてたし」
「で、ではあの…」
「…本部主任の子なら机の上に写真があったでしょ。どう見ても娘生まれたての子煩悩家庭主義じゃない!」
語調を荒げた剣幕に気圧される。
流石、あの短時間でしっかり隅々まで目に入っていた。
早々に間抜けな質疑を打ち切らせ、カレンはじっと首を押さえ考え込む。
さて、神崎が会社にも現れていないなら、自分達が買収協議を進めていたのは本当に当人だったのだろうか?
恐らく神崎は嗅ぎ回る自分たちに勘付き、危機感から姿を消したのだろうが。
そうすると、メールや契約書のやり取りをしていたのは一体誰なのか?
神崎を匿う身内なのか、ともすれば彼を装った第三勢力か。
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