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extra.1-2
「俺が居ないと何も出来ない癖に」
鋭い目が覗き込み、萱島が唇を噛む。
そのままじっと涙を耐えていたら、俄かに唇を押し当てられた。
「しかもまたそうやって直ぐ泣く」
「…じゃあ意地悪言わないで」
「なら大人しく寝れば良いだろ、何時までも他所の男の為に起きてるな」
とんでもない言い方をする。
虚を突かれて目を瞬く間に、ひょいと簡単に掬い取られた。萱島はもう抵抗する手段も無く、真新しいベッドへ担ぎ込まれてしまった。
「サイドテーブルは点けてるから、部屋の照明は落としていいな?」
「え?あ、はい大丈夫…」
慣れない手触りのシーツに包まり、困惑する間に背景が変わる。
薄暗がりでじっと展開を伺っていると、隣に寝転んだ相手はもう眠る体勢ではないか。
「い、和泉さん」
「何だよ」
「……しないの?」
消え入りそうな声に戸和の意識が跳ね上がる。
視線をやれば、中途半端に身を起こした萱島が真っ赤な面で見ていた。
「…人がせっかく寝かせてやろうかと」
「い、いたぁ…押さえつけないでよ!」
「昼間は社長、社長うるさかった癖に何だお前は」
「噛まないで!ごめんなさい」
マーキングの痛みに悲鳴を上げようが、相手が追撃を緩める気配はない。
噛みあっているのかいないのか。
双方ともいまいち分からぬまま、それでも気付けば互いを求めて手を伸ばすのだから。
(明日はもう少し笑ってくれるといいな)
(明日はもう少し優しくしてやろう)
そんな胸の内を隠したまま、じっと探る様に見詰める。
すべてを理解する事が、最上の関係だとは思わない。
あの日揃いの指輪を買った時から、きっと開くたびに新しいを生む、底のない宝石箱を貰っている。
それを毎日開く際限ない楽しみ、変わる明日の色。
2人で生きるという答えは、多分一生でも拾えないほどの幸せを生んでいる。
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