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chapter.3-29

「やーい泣いてやんの、泣き虫」 軽口に反論する気力もない。 只管泣きじゃくる萱島を胸に、雇用主は相も変わらぬ風場牛だ。 「まあ、俺が消えて泣くのもお前くらいか」 だから、何も分かってない。 一体現在まで何人の人間が、寝る間も惜しんで捜したと思ってる。 噛み付いてやりたかったが、実情そんな場合でもない。 目的を思い出した萱島が跳ね起きると、神崎は既に自らの腕時計を操作していた。 「あっ」 連動して真っ赤になる時計。 離散を促す警告。 コマンダーの指令により、サタデーナイトが終わりを告げる。 離れなければ。 萱島が慄き後退るも、神崎は逆に留めに腕を捕まえる。 そして一体何事かと怯えた手前、相手は金属用の小型鋸で時計を切ってしまっていた。 「どえっ!?」 「お前旦那は?下か?」 カランと呆気なく地面へ落下した。 転がる時計を目で追うと、どうやらベルトへ針先らしきものが露出していた。 成る程、毒物で仕留める構造だったのか。 未だ頭が付いていかない萱島を放り、神崎は呑気に一服なぞ決め込んでいる。 「にしても、ほんっとお前ら俺のこと好きな。毎度執念で追ってきて草生えるわ」 「!!草…!生え!?」 怒りのあまり文章が荒ぶる。 このクソ牧場主め。見事に此方が空回る感じ、懐かしいというポジティブな感想では片付かない絶許。 「どれだけ心配したと思ってんだ!謝れ!!」 「落ち着け沙南、俺は絶対謝らないし和泉何処行った?」 「あっ」 忘れていた訳ではないが、うっかり優先事項を間違えていた。 こうしちゃいられないとばかりに、直ぐさま階下へ駆け出す。今日も忙しい萱島に続き、牧場主はやれやれと数コンマ遅れで後を追い始めた。

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