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chapter.4-17
「…和泉、和泉?」
二度目でやっと呼び掛けに気付く。
らしくない戸和の姿を前に、萱島の声へ怯えが混じる。
「どうしたの?具合悪い?」
「…いや、大丈夫だ。社長のことを考えてた」
「あの男前なら心配するな、どーせ頭の悪い零細企業なんざみな呑まれちまってよ。本社へ送られてからも、処遇に困って何も決まらんさ」
零細なんて詰った。
見張りのこの男、TPの職員ではないのだろうか。
萱島はテーブルを隔て、じっと体格のいい後ろ姿を伺う。
先の展開に関しても、この男自体に関しても。此方はまだまだ質問を持て余していたが、生憎彼は用件を終えるとさっさと部屋を後にしてしまった。
「…行っちゃったね」
扉が閉ざされ、漂うは波の音だけだ。
何故か2人だけの空間に気まずさを感じ、萱島はまた床の木目へ視線を下げていた。
いつもなら此処で相手は席を立ち、萱島の無事を調べ始める。
それこそ詰問から始まり、果ては。
「た、助けに来てくれてありがとう!」
取り敢えず言い損ねていた礼を述べた。
すると何か、戸和は相手の存在を思い出したように顔を跳ね上げた。
「いや、俺が目を離したのが悪かった。何もされてないな」
「悪くない、何もない、平気…」
言葉の中途、立ち上がる気配で黙り込む。
視界が影に覆われ、間もなく深く抱き締められた。
「無事で良かった」
シャツに食い込みそうな指先も、豪も隙間もなく捕まえる腕も。
常の過保護な彼ながら、耳元に落ちた声がやけに切ない。
(変なの)
戸和が、でない。
唯一無二の体温に包まれながら、一連の行為を取ってつけたようだ、なんて思う自分が。
無用な勘繰りだと思いたい。
相手が漸く身を離し、視線を交わす頃にはもう平静な顔で、萱島の頬を撫でる感触も、慈しむ動きも唯のいつも通りで。
「もう食事にして、今日は早く寝るぞ。中東まで20日はかかる、焦っても仕方ない」
「分かった」
身体が遠のき、見張りが残していった食糧を調べ始める。
すっかり日常の一部になっていた。スーツの広い背中を眺めながら、萱島は水を張ったグラスを傾けた。
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