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chapter.4-18
「どうして嘘ついたの」
聞こえなければ良いと思った。
その程度の気持ちで呟いたら、必然相手は分からず聞き返していた。
「悪い、何て言った?」
「ううん、独り言」
些細な変化を感じ、如実に分かる。
その関係性が、逆に現在の部屋へ影を落としている。
食糧を仕分ける姿から離れ、萱島は配られたシーツの取り換えにかかった。
会話が途切れた宵には、船体を弾く波の音が良く響いた。
(海、綺麗だったな)
いつか手を引かれ見に行ったあの、橙色を吸い込む広大な水の絨毯を思い出す。
今の果ても分からない、黒い怪物の海とはまったく非なる。
あの海を忘れたくない。
この先辛いことがあっても其処へ帰り、君の優しい瞳を思い出し、自分の人生を肯定できるように。
「――…沙南」
さらりと前髪を掬い、呼び掛ける。
隣でシーツに横たわる萱島は、何ら反応なく寝息を立てている。
「眠ったか?」
二度。やはり返事はない。
戸和は薄明かりで息をつき、小さな肩へブランケットを被せる。
暗闇を怖がる萱島のため、一室にはオイルランプの光がゆらゆら揺れていた。
お陰で相手を起こすことなく、寝床を抜け出して備え付けの内線を扱うことが出来た。
「…ガロン、俺だ」
どうして萱島に隠しているのか。
青年自身も分からぬまま、声を潜めて目当てを呼び出す。
「話がしたい」
許可は寸分待たず返って来た。
遠くで錠の外れる音が聞こえ、戸和は電話を切って其方へ向かった。
自由になった扉を開けると、夜の重い潮風が容赦なく飛び込んでくる。
目を眇めて見た先には、男が柵に寄りかかって煙草をふかしていた。
「いい天気だ」
やや遠い。陽気で、波に消されまいと張った声がした。
久方振りなのに、気も置けない。
ガロンは喜色を浮かべ、此方に来いと手招いていた。
「ほら見ろ、イカが光ってやがる」
「…ホタルイカか?」
傍に寄り、男に倣って下を覗き込む。
しぶきをあげる黒面には、言う通り青い蛍光色が点在していた。
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