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chapter.4-26

「すごい、社長と言い合いしてる」 「本郷さん以外で初めて見たな」 実は喜怒哀楽の楽しかない雇用主と、まともに喧嘩出来る人間は数少ない。 ただ物珍しい光景に惹かれていたのも束の間、萱島の興味はやがて間近に迫るニミッツ級空母へ吸い込まれていた。 人生初の相対、否恐らく生涯お目に掛かる事はないだろう。 会社を幾つも飲み込みそうな海上基地は、中に入るや存外に入り組みごちゃごちゃした作りをしていた。 「食堂から病院から留置所から何でも御座いますよ、宜しければ見学でもお好きなように」 「いや…あの、もう迷子になりそうで」 「でしょうね、上下移動が多過ぎるんです此処は」 彼女の言うように一体何回梯子や階段を伝い、今は海抜何メートルに居るのやら。 人の行き来も激しく目を回していると、漸く目的地に着いたのか先導が立ち止まった。 「サー、ご子息をお連れしました」 多分、インカム越しに返答があったのだろう。 間をおいて彼女はドアを開け、さっさと行けとばかりに背後の神崎らを促している。 「…沙南ちゃん、先に言っとくけどお前の知ってる御坂せんせーは居ないからね」 「ぐ、ぐへえ」 「挨拶したら、後はねるねるねるねのことでも考えてなさい」 適当な雇用主が態々忠告を寄越すなど、一滴の無駄口が極刑に繋がりそうだ。 副官の視線に背中をどつかれて入室するや、萱島は恐々とだだっ広い部屋の隅で縮こまった。 「久しぶり、元気だった?」 一寸、その柔らかい声に希望が生まれた。 なのに顔を上げた萱島に見えたのは、バカでかい机に脚を投げ出し、おまけに腰やら肩やらに物騒なモノを下げ、白衣も眼鏡も無く、有り体に言えば人殺しみたいな目をした人殺しが居るだけだった。 「お前のせいで死にかけたわ」 「ふうん」 「ふうんじゃねえ」 「ご子息、不測があれば早々とご連絡下されば良かったものを。共通敵を追っていれば、現場でかち合う事もあるでしょう」

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