133 / 248
chapter.5-5
「まあ今騒いでも仕方ない。大体うちの予告期間は12カ月要るから、この辞表は未だ無効」
「また期間伸びてる…」
「アイツが行く先なんてどうせイラクだろ、どうにも出来んなら帰って来るのを待つしかないさ」
それはそう。正しい言い分は分かる。
ただ仕事でない…人間関係は凡そ感情論で成り立つゆえ、神崎の理屈では済まないこともある。
「兎に角、トワイライト・ポータルの一件も身柄を引き渡して片が付いたろ。話は終いにして今日から豚小…通常業務に戻ってしゃかりきに働けよ」
「今豚小屋って言いかけたろ!ああん!」
牧がまた噛み付きながらも、言われずとも押し寄せる通常業務とやらに去って行く。
周囲の野次馬もやれやれと散り始め、残された萱島は次をどうすべきか迷い、踵を返す神崎にはっとしてその背を呼び止めていた。
「社長!そうだ手!大丈夫?」
「手?」
「や…あの、フィッピーランドで…時計がさ」
追及する傍ら、萱島は見た。
咄嗟に掴もうとした自分の手を、神崎の腕が避けてすり抜けるのを。
「…何の話?」
そう言えば冬でもなかろうに、どうしてそんなレザーの手袋をしていた。
さっきみたいに嗤えば良い物を。なぜ冗談の一つも言わないで、彼はいま逃げるように、らしくもなく早々と離れて。
「えー、っと…」
行き場を失くした。
神崎の消えた宙を彷徨い、結局左手を引っ込めた萱島が頬を掻いた。
「どうしよっか…和泉」
「悪い、沙南」
そして唯一隣に残っていた戸和を振り向くも、また寸分待たず返って来たのは断りだ。
「電話してくる」
「…あ、うん」
1人、1人と萱島から離れ、もう誰もいない廊下で孤独に佇む。
電話をしてくる、と告げた青年は船に居た頃よりも神妙な面持ちで、その宛先も内容すら萱島には解かず、なんなら一体何処へ向かったかも分からない。
ともだちにシェアしよう!