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chapter.5-5

「まあ今騒いでも仕方ない。大体うちの予告期間は12カ月要るから、この辞表は未だ無効」 「また期間伸びてる…」 「アイツが行く先なんてどうせイラクだろ、どうにも出来んなら帰って来るのを待つしかないさ」 それはそう。正しい言い分は分かる。 ただ仕事でない…人間関係は凡そ感情論で成り立つゆえ、神崎の理屈では済まないこともある。 「兎に角、トワイライト・ポータルの一件も身柄を引き渡して片が付いたろ。話は終いにして今日から豚小…通常業務に戻ってしゃかりきに働けよ」 「今豚小屋って言いかけたろ!ああん!」 牧がまた噛み付きながらも、言われずとも押し寄せる通常業務とやらに去って行く。 周囲の野次馬もやれやれと散り始め、残された萱島は次をどうすべきか迷い、踵を返す神崎にはっとしてその背を呼び止めていた。 「社長!そうだ手!大丈夫?」 「手?」 「や…あの、フィッピーランドで…時計がさ」 追及する傍ら、萱島は見た。 咄嗟に掴もうとした自分の手を、神崎の腕が避けてすり抜けるのを。 「…何の話?」 そう言えば冬でもなかろうに、どうしてそんなレザーの手袋をしていた。 さっきみたいに嗤えば良い物を。なぜ冗談の一つも言わないで、彼はいま逃げるように、らしくもなく早々と離れて。 「えー、っと…」 行き場を失くした。 神崎の消えた宙を彷徨い、結局左手を引っ込めた萱島が頬を掻いた。 「どうしよっか…和泉」 「悪い、沙南」 そして唯一隣に残っていた戸和を振り向くも、また寸分待たず返って来たのは断りだ。 「電話してくる」 「…あ、うん」 1人、1人と萱島から離れ、もう誰もいない廊下で孤独に佇む。 電話をしてくる、と告げた青年は船に居た頃よりも神妙な面持ちで、その宛先も内容すら萱島には解かず、なんなら一体何処へ向かったかも分からない。

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