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chapter.5-23

アテンドスタッフはルートに沿った商品案内は不要と察したのか、幾つかパトリシアに見合うものを上から下まで揃えてくれた。 全てを足して桁がどうなるのか、恐ろしさに少女は黙り込んだが、あれよあれよと言う間に試着室へ追い込まれてゆく。 「…本当はこんな素敵な服、着る機会ないんです」 後ろからワンピースのファスナーを締められながら、パトリシアは漸く狭い空間へ本音を落とした。 「今日と、あと一回着られたら良いくらい」 「似合っているのに…色々事情があるのね」 激動のイラクから飛んできたと言えば、相手は一体どんな顔をするだろうか。 きっと繊細なパンプスも鞄も砂が入り込み、直ぐに駄目になってしまう荒地なのに。 「この時計は外してもいいかしら?」 「あっ…すみません、それは駄目なの」 店員が時計に手を掛けた瞬間、パトリシアは弾かれたように返した。 どれだけその無骨な時計が浮いていようが、着用は業務規程の一環。 増して少女にとっては、CEO直々に手渡してくれた御守の類いであったから。 「…もしかして好きな人からのプレゼント?さっきの紳士じゃないみたいだけど」 何処までも勘の鋭い年上に赤面する。 ただ相手は漠然と寂しそうに、用を終えた試着室のカーテンを開いていた。 「振り回されるより、きっと振り回す方が楽しいわ。これから飛行機で帰って、貴方がどれだけ可愛いか見せつけてあげましょう…そう、ゆっくり脚を入れて」 用意された靴に爪先を収めた瞬間、程よいヒールですっと視界が高くなる。 いつか誰かに教わった通り視線を水平に保てば、パトリシアは自然誂えられた姿勢で踏み出していた。 「――矢張りとてもお似合いですお嬢様…フォーマルに使えるイブニングドレスですが、軽く着こなしてらっしゃって」 試着室を出た途端、突然店員がかしこまって鏡を示すものだから、つい可笑しくなった少女がはにかむ。 「そう思われませんか?Mr.」 そして相手の問いで漸く気付いた。既に電話から戻っていた“お連れ様”が、宣材写真みたいに突っ立って自分を眺めていた事に。

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