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chapter.5-24

「…かわいい」 まあ、正直その手放しの賞賛は予想している。 序に言えば、言葉の比重が犬猫を褒めるのに等しいことも。 「滅茶苦茶かわいくないですか?」 「ふふ…失礼!まったくタペストリーにして飾りたい程ですわ、お二人揃って」 何故か不貞腐れてしまったパトリシアを放り、大人二人は尚も当人を囲んであれやこれや褒めちぎる。 しかし余りの居心地の悪さにブックレットを捲っていたら、少女は結局彼が談笑の合間に1万ドル近い会計を済ませたのを見逃してしまった。 「――お二人に自由の女神の加護がありますように、どうぞ比類なき旅を」 一介の観光客らは、最後まで美しく、淑女たる微笑みに見送られて、ロサンジェルスの眩しいブティックを後にする。 自由の女神。此処が大国たる所以を妬みつつ、パトリシアは思い出したように隣で恬然と歩く男の腕を掴まえた。 「で、いくらしたのよ?」 「え?いや…俺の十数年前の手取りくらいかな」 「なにそれ?ほんと洒落になんない事やめてよ、返すにしても何年掛かると思って…ねえ私やっぱ変じゃない?」 「変じゃないけど」 確かに、世情も知らぬ乙女が纏うには、余りに肩の荷が重いブランドなのだ。 しかし店員が知ってか知らずか選んだオフホワイトのドレスは、砂漠に帰る彼女を涼やかに、きっと天女の如く軽い足取りにさせてくれる。 「まあ、突然追い掛けて来たのは悪かったよ」 直後、前を向いたままの男が殊勝に謝った。 別に悪事を働いた訳でもないが、押して、引いてのタイミングを絶妙にずらす性格へ、パトリシアは鼻白んで黙る。 人生で知らないタイプだった。 所謂、都会のスマートな男ながら、それでいて気障ったらしい訳でもなく、少年のようにころころ変わる素直さ。 自分が好きな(ひと)とは違った。 少女から見てスマートに違いは無かったが、何処か現実感がなく、同じ敷居に立てないが故の憧れで息苦しい。 それは、可笑しなことだろうか。 ひとり武骨な時計を見詰めて考え込む内にも、足取りは確実に今日の終わりへ進む。 何故か寄り縋るように新しい鞄を握った。日常への帰国へ怯える最中、少女の脇をふと何時ぞやの甘酸っぱい香りが掠めていた。

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