155 / 248
chapter.5-27
”to have and to hold from this day forward,for better or for worse,"
(今日より良い時も悪い時も、富める時も貧しい時も、)
それで手のやり場すら困った萱島が隣を見れば、何処までも真っ直ぐな相手の目とかち合う。
恥ずかしい様な、勇気の様な熱を点され、もう雑念もなく揃って前を向くのだ。
”in sickness and in health,to love and to cherish,”
(病める時も健やかなる時も、愛し慈しみ、)
言葉の意味なんて、正直今更だった。
もう何年も前に、互いの人生をあげる約束はしてしまった。
だから青年が結婚しようと言い出した時、実のところ萱島は必要かと思い悩んでいた。
形作ることが果たして正解だろうか?
この幸せを、敢えて壊れ物を指に嵌める様で、最後の瞬間までひとり怖かったのだ。
”and I promise to be faithful to you”
(そして、貞操を守ることをここに誓います)
牧師が読み上げた文言は遠く、眠たくなるようなステンドグラスの光へ飲み込まれていく。
ああ、それであの時。
逆光ではっきりとは見えなかったけれど、もしかして君は泣いていたんじゃないだろうか。
到底現実とは思えないから、多分白昼夢だとしても。
自分が黙って指輪を受け取った時、まったくらしくない手つきが震えて、急に息が詰まるような顔をして、君はじっと瞬きもせず愚直に此方を見ていた。
あの感情は幸せだった。
100パーセント前向きではない、如何にも生々しい現実めいた幸福だった。
「――”until death do us part”(死が二人を分かつまで)」
繰り返せば随分仰々しい文句だ。
ホテルへの帰路を辿りながら、口内で繰り返す萱島はつい失笑を漏らす。
もう、外は陽の吸い込まれたマジックアワーになっていた。
一日で最も美しいとされる空間を歩きながら、萱島は何故か唐突に蘇り、思考を占める結婚式の場面へ肩を竦めていた。
ともだちにシェアしよう!