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chapter.6-1 Messiah complex

漸く埃臭い書類のウェアハウスを抜けた。 滅多に用事の無い事務室を後に、別館へのエントランスへ差し掛かったマチェーテは次の一歩を止める。 セキュリティシャッター前に居たのは珍しい。副官が居なかろうがいつも誰かしらに付き纏われている我が上司が、独りリーダー前へ突っ立ちキーを探っていた。 そう言えば先般、新たに発注したものは届いたのか。 素知らぬ顔で見守っていると、案の定エラーをくらった当人は代替品を見詰めている。 「――権限付与が出来ていないのでは?」 追い付いたマチェーテが指摘すれば、初めて存在を知ったかのような珍しい顔が振り向いた。 「居たの」 「居りますよ。ラザルが開けて差し上げましょうか」 「…良い子だねお前は、お父さんはもう一人の育て方を間違えたよ」 代わって自分の社員証を通しつつ、マチェーテが横目で見た上司は腕を束ねて眠そうにしている。 1991年勃発したユーゴスラビア紛争に故郷を追われ、将来の就職先(ポスト)と家を賜り、今日に至るまで。 御坂康祐なる大人と付き合ってきて分かった事は、この天上人の存外な人間臭さであった。 疲れていれば優先度の低い日常の雑事から抜け落ち、今日の様に無情な機械に弾かれていたりする。 おまけにその原因を作った副官に言わせれば、”身内にお優し過ぎて”いつか痛い目を見るそうだ。 「帰還されて忙しいのは分かりますが、お休みになりませんと」 「ありがとう。その忙しい件で相談がひとつ」 この本部で最もセキュリティの強い別館に立ち入り、尚且つカメラの死角で肩を止められる。 かち合う海の漸深層を思わせる瞳は、相変わらず俗世を裂きそうな鋭さだった。 「私は車一台で随分静かに帰って来たつもりだ」 「サイファすら知らなかったのでは仰る通りで」 そうだ、上司は副官に噛み付かれるほど内密に帰郷した。 その翌日に狙いすました様にヘリが突っ込むなど、一体何処から情報が流出したのかという問題を残したのだ。

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