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chapter.6-11
困惑する少女の相貌を、いくつものヘッドライトが横切る。
今その名を出した意図を聞きたいが、これ以上の深入りは憚られた。
「さて時計はもう外して構わないよ、預かろう」
「…良いんですか?」
「ああ、何人か此方に気付いた様だ。窓から手を振ってごらん」
何てことない様にセフィロスが言った。
弾かれて下を向けば、ハンヴィーの荷台から顔を出した数人が此方を見ていた。
手を振れとはどういう意味か。
カラシニコフを携えた武装勢力に小娘が手を振るなど、激高させて撃って来やしないのか。
しかし信頼の置ける上司が、洒落にならない洒落を言うとも思えない。
及び腰ながら右手を挙げ、パトリシアは彼らにコンタクトを図る。
(一体、何をしているの)
少女の視界、彼らは銃を向けるでもなく、手を振り返すでもなく、俄かに荷台を降りてその場に跪いた。
そしてムスリムがカアバへ礼拝するが如く、地面へ手を突き頭を垂れていた。
(何なの、あの人たち何して)
釣られる様に周囲も車を停め、倣って膝を突く。
窓から見える車列は停止し、次々と眼下へ群がる光景へパトリシアは飛び退いていた。
「ひっ…」
「君は数万人の勢力の象徴となった」
悪寒の止まない身、憔悴した目、隣の上司だけが淡々と事を伝える。
つまり、彼らは自分に礼拝しているのだ。たった今判明した数行のニュースで、何のキャリアも無い子供を崇めて。
「私も失礼な口は慎むべきか…改めまして、どうぞ我々に夜明けをお導き下さいますよう。神の子、パトリシア・ディーフェンベーカー」
逃げ出した前後の記憶は無い。
気付けば階段を駆け下り、転がる様に件の場所から遠ざかっていた。
病床で見た夢の様だ。いつも自分を主体に回りながら、微塵も自分を慮ってはくれない悪夢の様だ。
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