169 / 248

chapter.6-12

夢なら弾けて消えるものを、現実は背を向けた所で逃げられもしない。 階段の終点に待つ柱へぶつかり、少女は呼吸もままならずその場へ崩れ落ちていた。 このまま眠って目が覚めれば、何もかも始まりに戻ってしまえば良いのに。 自分を尊ぶニュースも、地伝いに腹へ響くエンジン音も、戦争も武器も、湧き始めた不信も何もかも消えて。 「パティ?お前、何してんだそんな所で」 膝に顔を埋めて暗がりに落ちた頃、聞き慣れた声がした。 放って消えてくれないか願った心も虚しく、一寸止まった足音は更に近づいてくる。 「具合悪いのか?」 行って、と更に念じたが、彼が反応のない人間を放って置く訳もない。 間近に来た気配は隣へ座り込み、もう無視を通すのも難しくなった。 「…外が凄い事になってるけど」 それは、そうだろう。 乾いた唇が開きかけ、音が出ず引き攣る。 「俺と逃げるか?」 唐突な台詞に思わず顔を跳ね上げた。 地下の薄闇に浮かぶ本郷の顔は、ふざけているとも真剣とも言い難かった。 じっと見ている間に空港から今に至るまでの出来事が浮かび、どうにか留めていた堰が切れる。 数年ぶりにみっともなく涙が溢れた。 パトリシアは斑に充血した目で睨め付け、直後素性も知らない男へ泣きついていた。 地を這うエンジン音が遠のく。 時折頭上を空気循環のファンが唸るだけで、外の喧騒を忘失するほどの静けさがある。 子供みたいに余計に背中を撫でられるかと思ったが、本郷はされるが儘に放ったらかしてくれた。 その空気みたいな感触へ安堵し、パトリシアの血流や神経伝達が漸く落ち着き始める。 「…私は神の子なんかじゃない」 やっと吐いた本音を拾ってくれる他人が居て良かった。 今はつくづくそう思う。 本郷も無論ニュースは目にしていたのだろう。 数秒思案し、彼らしく遠回しに慮った台詞をくれた。 「お前はレッテルを貼られて楽になるタイプじゃないんだろ」 「…どういう意味?」 「自由な生き方の方が似合ってる」

ともだちにシェアしよう!