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chapter.6-12
夢なら弾けて消えるものを、現実は背を向けた所で逃げられもしない。
階段の終点に待つ柱へぶつかり、少女は呼吸もままならずその場へ崩れ落ちていた。
このまま眠って目が覚めれば、何もかも始まりに戻ってしまえば良いのに。
自分を尊ぶニュースも、地伝いに腹へ響くエンジン音も、戦争も武器も、湧き始めた不信も何もかも消えて。
「パティ?お前、何してんだそんな所で」
膝に顔を埋めて暗がりに落ちた頃、聞き慣れた声がした。
放って消えてくれないか願った心も虚しく、一寸止まった足音は更に近づいてくる。
「具合悪いのか?」
行って、と更に念じたが、彼が反応のない人間を放って置く訳もない。
間近に来た気配は隣へ座り込み、もう無視を通すのも難しくなった。
「…外が凄い事になってるけど」
それは、そうだろう。
乾いた唇が開きかけ、音が出ず引き攣る。
「俺と逃げるか?」
唐突な台詞に思わず顔を跳ね上げた。
地下の薄闇に浮かぶ本郷の顔は、ふざけているとも真剣とも言い難かった。
じっと見ている間に空港から今に至るまでの出来事が浮かび、どうにか留めていた堰が切れる。
数年ぶりにみっともなく涙が溢れた。
パトリシアは斑に充血した目で睨め付け、直後素性も知らない男へ泣きついていた。
地を這うエンジン音が遠のく。
時折頭上を空気循環のファンが唸るだけで、外の喧騒を忘失するほどの静けさがある。
子供みたいに余計に背中を撫でられるかと思ったが、本郷はされるが儘に放ったらかしてくれた。
その空気みたいな感触へ安堵し、パトリシアの血流や神経伝達が漸く落ち着き始める。
「…私は神の子なんかじゃない」
やっと吐いた本音を拾ってくれる他人が居て良かった。
今はつくづくそう思う。
本郷も無論ニュースは目にしていたのだろう。
数秒思案し、彼らしく遠回しに慮った台詞をくれた。
「お前はレッテルを貼られて楽になるタイプじゃないんだろ」
「…どういう意味?」
「自由な生き方の方が似合ってる」
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