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chapter.6-17
「…そうだな調停者、要求を呑もう。但しニュースの一片にも載れば、不履行と見なすぞ」
『いいよ。他に必要なものは?』
「帰りのチケット…人数分が良い」
やっと未来の話をしたかと思えば、ふらふらと急に視線が定まらなくなる。
言葉は至ってマトモに思えるが、こんな不安定な寝屋川は久方振りに見た。
御坂は短い応答で通話を切った。
携帯を此方に投げ返し、佇む相手はそう言えば酷い顔色をしている。
「寝屋川、」
「渡りに船だ、良い所で会った…否、これも計算か?ところでお前はもう帰るのか」
何処となく脈絡のない喋り方も、少し昔に戻った様だ。
「…いや」
「俺の敵になるつもりか」
濁す言葉に、はっきりと言い募る言葉。
そんなつもりは毛頭無かったが、今のパトリシアを放り出して逃げる訳にもいかなかった。
寝屋川は既にタイムリミットだったらしい。無線に幾つか応答して終わり、もう此方の返答も待たず踵を返している。
「…顔色悪いぞ」
去り際に指摘を投げれば、相手の視線だけ返って来た。
矢張り昔にいつも見た、肉食獣が興味本位で固体を値踏みするような目。
良く来た、お帰り寝屋川庵。
この砂の国が、そんな甘言で呼んでいる様な気さえした。
結局此方とは大した話もなく、相手は病人とは思えぬ俊敏さで視界から掻き消えた。
彼らの偵察は恐ろしく静かに終わった様だ。
一つも騒ぎは起こらず、再び本郷は真夜中の静寂へと戻される。
「――…義世」
うっかり失念していた存在を思い出す。背後の闇を振り返れば、躊躇なく歩き出した少女が茂みを掻き分けていた。
「今の人…知り合い?」
「あ、いや…そうそう、何て言うか」
「寝屋川って言った?寝屋川…って、私」
はたと誤魔化す本郷の動きが止まった。まさか知っているのか、否、確かに履歴上会っている可能性も。
「…何処で聞いたんだっけ」
しかしそれ以上の記憶を引き出せない。パトリシアは歯痒そうに唸り、今度は頭が痛いと額を押さえ出した。
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