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chapter.6-18
「大丈夫か?…って言うかお前知ってんのか?」
「待って、思い出せそう…なんか鈍器か何かで後頭部殴ってくんない」
「何でだよ」
大陸人っぽい申し出を嫌がる本郷を差し置き、頭を抱えていたパトリシアは俄かに「あ!」と腹から声を出す。
そして怯んだ相手の肩を掴むや、少女は結論も定まらぬまま浮かんだ中身をぶち撒けていた。
「いやほんと聞いた事あるから!私確か、手紙を渡せって言われてたんだけど…は?でも手紙なんて持ってないわよ」
「落ち着け!手紙って誰から誰にだよ」
「いやあの人に渡せって、誰からかは…覚えてないけど…」
結局勢いを失くし、語尾の辺りは素気無い外気へ吸い込まれる。
しかし夢で日本人の、それも寝屋川なんて特異な名前が出てくるものか。
本郷は無論その話を掘り下げたかったものの、不意に湧いた話し声へ気を取られる。
視線をやれば裏庭へ数人が連れ立ち、アラビア語か何かを捲し立てながら本館へ向かっていくのが見えた。
(捕虜…)
数人が拘束された男を誘導していた。
対象には抵抗する気配も無く、一点を見詰めて武人らしい足取りで去ってゆく。
「…見た?」
「見たけど」
それが何か?と言わんばかりの少女へ、本郷は唸って首を傾ける。
「拷問されるぞアイツ」
「どうしてよ」
「着けてた徽章がアレだ、ISILに加担してるブラックタロンとかいう連中のだ。あの様子じゃ謀反を起こしたんだろうが、態々本部に連れてくるってことは、まあ」
「…徽章なんて良く覚えてたわね」
確かに本郷義世という男は、実に優れた記憶力を有している。
しかしあの小さな徽章を見逃さなかったのは、過去、確かに何処かでお目に掛った故であり。
(あん?ブラックタロンって確か)
次第にじわじわ付随する情報が蘇り、芋づる式に初見で目にした当時の記憶が戻った。
本郷は俄かに草陰から立ち上がるや、仰け反る少女を置いて走り出していた。
「ちょっと俺、あのオッサン助けてくるわ」
「はあ!?」
少女は素っ頓狂な声を上げるも、既にスーツの背中は遠ざかっている。
こちとら未だ処理出来ていない問題が山積みにも関わらず、逡巡の末、結局パトリシアは男の影を追い草を掻き分けていた。
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