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extra.2-1 「この果てもなく幸福な世界」
『――ピーッ、…――12時になりました、午後の天気をお知らせします。ロサンジェルス、引き続き雨です。落雷に注意。…シドニー、ところにより雨、低気圧が北上中』
天気を読み上げるだけの退屈なラジオ放送。
それでも越してきたばかりの殺風景な部屋には一等の娯楽で、萱島は子供が電車でも待つようにモダンなスピーカーを覗き込む。
『…トーキョー、晴れです。夜はところにより雨』
「日本晴れだって!いいな、こっちは全然洗濯物が干せないのに」
半分独り言にも関わらず、遠いキッチンから「明日は晴れる」と返事が聞こえた。
殺風景だが、この部屋にはラジオが無くとも人がいる。
その事実へ頬を緩め、萱島は何だか浮足立って段ボールを跨ぎ流し台へと走り寄る。
「棚出来た?」
「配置が悪い…どう思う?」
「凄い!いきなりお洒落になったね…」
結局何でもかんでも手放しに褒めるのだから、意見を乞うた戸和は逡巡を引っ込めるしかない。
繁忙に買い物にも行けず、通販カタログから2人で選んだ組み立て式の赤いツードアラック。
今日の午後にはテレビが搬入され、夜までに新しく揃えた洗濯機と冷蔵庫もやって来る。
未だベッドは届かず床に布団を敷くのだが、相手はきっとそれすら楽しそうに、段ボールに囲まれた特異な夜へ浮かれるに違いない。
「…でも仕舞う食器が全然ないよなあ、一応家から持ってきたんだけど」
「社長の金で買った皿か?」
「いや、へへ…それ以外にもありますよ…あ、そうそう!本郷さんが宅配で調味料送ってくれるんだけどさ」
「そんな実家の親みたいな…」
呆れる青年を他所に、萱島はさっさと箱のガムテープを剥がして、少ない中身を詰めにかかってしまう。
リビングでは置き去りにされたラジオが、予報へと続いて変わらず単調な声を流していた。
『――…州内の週末の天気と気温です、サンディエゴは概ね晴れ、20度前後の過ごしやすい気温になるでしょう…リバーサイドは』
「それでですね、料理を勉強しようと思うんですけど」
「殊勝だな、どうした」
「いやー…何か、やってもらってばっかりだとさ」
梱包材にしていた新聞紙を丸めながら、萱島は教本で簡単に作れるものは何だろうと思案する。
そもそも引き出しが少ない故に悩んでいると、見計らったようなラジオが廊下を隔てて飛んできた。
『…低気圧の発達が心配ですね、日照時間が少ないので――ザッ、…物がいいですよ、自律神経を整えるために、温かいスープなどいかがでしょう――」
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