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extra.2-2
「…スープなどいかがでしょう」
「いいんじゃないか」
「オーケー!じゃあ買い物に行こう」
「まあ…ただ冷蔵庫が来てないから」
「…ああ」
「取り敢えず今日は外食だな、料理の材料は明日買いに行けばいい」
瞬きの間に目まぐるしく変わる。忙しい萱島の表情を、戸和は陽光に潰れそうな目を眇めるように見る。
さっきのラジオでは落雷に注意、とまで来た。
今日の外出は得策ではない筈だ。デリバリーを頼んで、テーブルもない新居でレジャーシートを広げる相手を眺めるのも悪くない。
そして夜に一通りの家電が来たら、導線を整えて有給期間の計画を二人で考える。
頭でスケジュールを詰めていた戸和は、不自然に立ち竦む相手に気付いて首を傾けた。
「どうした」
「そうか…明日も和泉は居るんだね」
明日も何も。そう言えば明後日も、来週も。
この部屋に帰れば大概君がいることが保証されていて、萱島が止まったのは、そういった事実に今更結婚の実感が追いついた所以であって。
「…何かいいのかなあ」
「ん?」
突然俯く萱島が分からず、覗き込む手前に当人が顔を覆う。
「ちょっと幸せ過ぎるね」
表情を隠したまま細い肩が震え、一帯の音が遠く霞むラジオの波長に呑まれた。
返事を止めた戸和はじっと姿を見つめ、何故か手を伸ばすでもなく静かなキッチンに立っている。
あの時。
君はどうして何も返してくれなかったのだろう。いや、そもそもこの記憶は本当の出来事だったか。
よくよく考えれば捏造されたまやかしの様な気がして、頭の奥にはザーザーと砂っぽいラジオのノイズだけが残っている。
”100パーセント前向きではない、如何にも生々しい現実めいた幸福”
あの式場で覚えた感覚はこれからも正しく、御伽草子への妬みとして腹の底に蟠っている。
君は晴れると言ったが、記憶のラジオは確かその後雨だと言った。
冷蔵庫は結局配送が遅れて、スープを作るのは有耶無耶になった。
ラジオは確か自分が欲しがって買って貰った物だった。
ただ引っ越しの数か月後の夜、急に音が出なくなって土曜の回収に捨ててしまったのだ。
『――…――』
あのラジオで最後に聞けたのは何の放送だっただろう。
覚えていないなら、大した内容じゃ無かったかもしれない。
君は壊れたラジオを見て、捨ててしまえばいいと言った。
自分は捨てる位ならねだらなければ良かったと可笑しな感傷を抱きながら、次の朝ゴミ捨て場を目指して家を出た。
もっと幸せな記憶が沢山あった筈なのに。
思い出すのはダストボックスに投げたラジオが、他人のガラクタに埋もれていた悲しさだけだ。
些細な記憶がいつまでも心を刺している。
雨の日が来る度に、きちんと動いていた頃のラジオの声、それだけがいつまでも弱い自分の心を。
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