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chapter.7-2

「ああ…そう、もうそんな歳でしたっけ」 介護の必要、と言われた辺りから何だか実感がなくなって、想定より年の過ぎるのは早い事を思い出す。 「そうだ菱田さん、そっちの席って未だ空いてますか」 そして唐突に会話を転換した。相手は恐らく、目の前にいたらあの顰め面をして唸り声をあげていた。 お前は神崎社長に仕えるよう差し出しただの、何が不満だだの。 返って来た小言へ確かに辞表を出す無責任さを思い知るが、萱島は彼が居ない会社の存在を、もう何だかどうでも良くなっていたのだ。 「不満と言うか、このままじゃ自分が」 コンビニに行く為の財布を漁りながら、続きの言葉は飲み込む。 だって以前ならば、人間ひとり居なくなっただけで、こんな瀕死の痛みを覚えることは無かった。 あの世界に居た頃は、霧谷と暮らしていた遠い昔の時代は、刺されようが刺そうが一過性の鈍痛だけで、次の瞬間には周りと同様に平静な顔をして生きて居られた。 (自分がどんどん弱くなっていきそうだ) 廊下の板目をまるで憎らしいもののように睨め付ける。 知らない間に電源を落としていた携帯を握り、萱島は殺風景な部屋に見切りをつけて歩き出した。 早朝の儚いセルリアンブルーが優しい。 しかしこの大都市の空は、いつだって細かい塵に茶色く濁っている。 その話も一人でしたのでない。大体以前の萱島なら、頭上を覆う色など三面記事くらいどうだって良かったのだから。 そんな具合で物を端から見る度、否が応でも居なくなった存在を思い出す。 ああ甘い。とてつもなく甘い。蕩けて消えた過去がせり上がり、えずく。萱島は縋り付くようにコンビニで買った煙草へ火を点け、忘れていた大人の柵の如き苦さに咳き込んだ。 「…クソ不味い」 だが不味さが心地よい。暫く美味しいものは結構だ。 斜に構えて空を見ていたお陰で、当人は気付くのが遅れてしまった。 実はこちらにぐんぐんと人影が近づき、自分の悪事を見咎めて目を吊り上げている事に。

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