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chapter.7-3
「――…コラ!」
びっくりして肩が跳ねた。
何事かと振り向けば、知らぬ間に目前に立っていた牧が、未だ火を点けたばかりの煙草を奪い取っていた。
「何やってるんですかこんな所で!」
「ま、未だ始業じゃな…」
「戸和くんは何処に行ったんですか、こんな物吸って怒られるでしょ」
随分と久し振りにその名前を聞いた気がした。
ぱちくりと目を瞬かせた萱島は、経緯を知らない真っ当な指摘に鼻白んでいた。
「いや…実は、戸和は」
「ん?」
「昨日の夜に出てって、多分戻ってこないし」
こんな断片的な情報を投げれば、質問攻めにされるのは目に見えている。
朝から疲れるな、だから誰に連絡するのも嫌だったんだ。
何も落ち度はないのに苦い舌を噛む、上司の様相を覗き込み、面倒見のいい部下は首を傾けていた。
「…出てったって何、喧嘩でもしたんですか?」
「え?いや…喧嘩なんかしないけど」
「は?」
解せぬといったトーンが返る。
此処で喰い付かれた意味が分からず、後退る萱島へ矢庭に更なる追及が降り注いだ。
「喧嘩しない?何で?出てったって、何か言い合いになったんでしょ?」
「言い合いっていうか、…まあ、でも結局俺が」
そう、どうしようも無かったし、根本は自分が頼りないだけだった。
これ以上の面倒を避けたくて下を向いたが、何やら口を開けっ広げていた牧に思い切り肩を掴まれた。
「あのね、前から貴方に言いたかったんですが」
勝手に奪った煙草を備え付けの灰皿に突っ込む。
この期に及んで説教かと身構えれば、牧は聞き分けの悪い子供を諭すように背を屈めた。
「戸和くんがいつも絶対に正しいなんてこと有り得ないからね」
「……え?」
「アイツは貴方より5つも年下で、未だ学生に毛が生えた齢なんだから」
そう言えば未だ24だった。
だがそれが何だ、戸和は戸和だ。
独自のカテゴリで神格化していた萱島は、霹靂を喰らったような顔で相手の指摘を繰り返す。
「和泉が間違ってる…?」
「そうかもしれないよ」
「そ、そんな事ある?」
「あるよ、俺アイツが入って来たとき結構叱ったし」
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