213 / 248
chapter.7-29
(だが、俺はお前を捨てたつもりなんて無かった)
”二度と追い掛けるな”等と、列車で告げた文句を反芻しながら、矛盾した思考回路で息切れを催す。
違う、左手には未だ指輪がある。これは絶対に捨てない。
あれが最後の言葉だと思いたくない。
なら何時どうやって迎えに行くのか。都合の良い、全部自分に都合の良い様に動いて、また最後は自分が正しい様な顔をしてやり込めるのか。
「…それで、例えば沙南はそれで何か、」
耳元の無線が喧しくなった。
相棒が増援の足音を聞きつけ、建物前で足止めすると言い残し階下へ消えた。
「何か、俺に」
絶え間ない銃声と視界を覆う土煙に、デッドオアアライブにも関わらず意識が朦朧とする。
チカチカ、遠くで何かが点滅するのが見え、同時に突然敵の気配が階下へ遠ざかった。
いつもならそれが設置型の爆薬だと気付いたものを、何故左手だけ呆然と見つめていたのだろう。
直後には、息が出来ない程の衝撃と熱波に景色が一変した。
周囲の壁が吹き飛び、天井の破片が降り注ぎ、五感が消えた。
どうにか堪えようとした身体は跳ね飛ばされ、気付けば抵抗する術も無く手摺の壊れたテラスから宙へと投げ出される。
あ。
嫌な浮遊感の最中で、遠ざかるテラスを目にやっと冷えた頭で思考する。
周辺で一番高い建物を選んだ。このフロアに来るまでに5回は階段を上がっていた。
高さ15メートル程だろうか。受け身をとっても厳しい。
一瞬だ、本当に一瞬。ほんの少しの余所見が生死に繋がる世界で、どうして先まで考え事をしながら突っ立っていられたのか。
(死ぬのか)
蒼白になった矢先、俄かに全身に衝撃が走った。同時に自身の落下が止まり、戸和は状況が掴めず呆然と面を跳ね上げた。
「…ティーバ?」
誰かが自分の腕を掴んでいた。
相棒が間一髪で駆け付けたのかと思ったが、逆光で確認した姿は明らかに違っていた。
自分の手首を掴む指先は細く、鬱血させる勢いで喰い込んでいる。
そして更にその上、相貌を見上げ、両目に飛び込んできたのは。
ともだちにシェアしよう!