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chapter.7-31

これは萱島沙南だろうか。 頭の奥では、だらだらと現在までの概念が溶けて床に流れていく音がして、次第に辺りを覆い始める。 先まで喧しかった銃声すら遠のいた。 荒廃したフロアで2人、外の喧騒を忘れて相対していた。 「こんな物も外せない、中途半端な別れしか言えない…――お前はただ、一番悪い結果から全部逃げてるだけだ。結局何も終わらせる覚悟がない癖に、何が始められるって言うんだ」 酷い言葉の数々だ。普段の萱島なら、逆立ちしても口に出せないだろう。 それを当人も痛みに顔を歪めながら吐き出すのを眺める。戸和の首元が、一層強い力で締め上げられた。 「…そんな生半可な覚悟で、一体何を救うつもりだった」 置いて行かれた事への不満でない。空想の妄言でも甘えでもない。ただ大人びた萱島の追及は、まるで逃げ場なく戸和の立ち位置を追い詰める。 「その行為に誰が救われたんだ、言ってみろよ…!」 息苦しかった。抉られる様な痛みもあった。 然れど容赦なくぶたれる中、見る見る曇りを欠く青年の目は、まんじりともせず前を見ていた。 「沙南…お前」 何を言い返すつもりなのか。身構えた先、しかし静かなまま、戸和は確かに口元を緩めて現在に微笑む。 その表情に呆然と力を緩める。 萱島に放たれたのは、これまでの根幹を揺るがす様な、紛れもない事実だった。 「初めてだな、俺に怒ったの」 そう、今の今に至るまで何時だって。 言わず飲み込んできたこと、自分だって妥協という逃げに走ったこと、殆どだった。 視界で何かが砕け散った。 目前の青年の肩へ萱島や他人が積み上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのが見えた。 空が青い。眩しさに怯えつつ、萱島は弾かれた様にその身を抱き寄せる。 抱擁と言うには余りに苦い。まるで自責や現実への覚悟が混ざり合った、無慈悲な世界で互いの生を確認する様な行為だった。

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