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chapter.7-53

「ああ、気の良い奴だった」 「そう、ですか…貴方はこれからも、彼を偲んで生きるんですか?」 「一生、そうだ」 「でも、貴方には…正直、そんな権利無いと思う、だってさっき、自分は死んでも構わないと思ってたでしょう…貴方は命を粗末にしたもの」 怒るかと思えば、彼は止まっていた。 青天の霹靂を身に受けた様な顔だ。忌憚のない、子どもの言い分は時に大人の心臓を刺し殺す。 「人の嫌がることをしたらダメって習ったわ、貴方は自分の一番嫌なことを人にしたのよ…私、何言ってるんだろう、すみません、凄く失礼な事言いました…でも、分かります?言いたい事」 「ああ」 数秒開けて、返って来た返事は妙に気が抜けていた。 「まったくだ」 彼は反論しなかった。 どころか、一見淡泊な反応で頷くと、新天地が見えたように明後日を向いてしまった。 「人の嫌がる事か…そうだな、手紙によれば今の俺は嫌がる事しかしてないらしいな、権利が無いか…追悼する権利が無い、なんて言われたのは初めてだ」 深く考え込んだかと思えば、次には視線を戻して相対している。 思考が速いのだろう、何時の間にやらパトリシアの眼前には握手を乞う彼の手が差し出されていた。 「有り難う」 「あ…いいえ、遅くなってごめんなさい」 「手紙だけじゃなくて、君と話せて良かった」 パトリシアは閉口した。背景でなく自分を見た、真正面からの礼を初めて貰った気がした。 間もなく部屋にはウッドが現れ、上司の無事を確認するや息をついた。 それから件の遺体を見て何とも言えない顔になり、遠慮がちに口を開いたが。 「サー、やっと会えましたね…その」 「気を遣うなハリー、全部お前のお陰だ」 「…何です?病院に行きますか?」 「彼女にも後日謝礼を送ってくれ、悪いがこの場の処理は頼んだ」 見つけたらずっと傍を離れず、焼却炉までついて来るかと踏んでいた。 早々と去って行く上司へ驚愕するウッドを後目に、パトリシアはとある事を思い出して思わず声を上げる。 「…!ちょっと待って」 謝礼に気を取られていたが、握手した手は燃える様に熱かった。 そう言えばついさっきまで死にかけていた、平気そうに消えた男の影を追い、少女は瓦礫の積もる廊下をバタバタと走り出す。 「貴方、すっごい熱ない!?ねえ?」 喧しく去って行く少女を見送り、ウッドは漸く開きっぱなしになっていた口を引き結ぶ。 何だこの状況?と言いたげに遺体に向けて肩を竦めた。 お通夜がこんな喧騒とは思わなかった。恐らく気の所為だろうが、地面に並んだ骸は心なしか穏やかな表情を浮かべていた。

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