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第2話
この会社に未練も情もない。会社なんて世の中にごまんとある。
高卒なので受け入れてくれる会社がすぐみつかるかわからないが。上司からは「お前なんてこの会社以外じゃやっていけない」と何度も聞かされた。他を知らないので確かに自信はない。
給与が安くてもいい、どうせ今だって使う暇がない。仕事だってなんだってする、今ならなんでも頑張れる気がする。もしかしたら仕事以外の時間が増えて、良い出会いがあるかもしれない。自分にも、普通の幸せが手に入るかもしれない。
どうして今までその考えに至らなかったのか、自分でも不思議なくらい名案に思えた。
しかしあの上司がそう易々と辞表を受け取るとは思えない。
今まで辞めたいと言ってきた人は中々辞めさせてもらえず、周りからの風当たりだけが強くなって結局どこかの部署に飛ばされて…最後はどうなったかすら知らない。
はは、と乾いた声が漏れた。
そうだ、クビにしてもらおう!
辞めさせてもらえないなら、向こうからクビにしてもらえばいい。
俺は足を引き返し、先ほどまでいたスーパーに駆け込んだ。髪を染めたことがないのでよくわからないが、とにかく派手なものがよいとパッケージが金髪の男性が写っているものを3つカゴに入れた。
明日は会議で本社からお偉いさんもくる。事務所全体で頑張っていますアピールをする日だ。もちろん普段ならいつもより早く出社して会議の準備、会議に参加したのち普段の業務、
そして上司達だけ先に始めている飲み会という名のサービス残業に参加して長い一日を過ごす。
明日は髪を染めて会議には遅れて行こう。
家に帰り、パッケージに書いてある説明書通りに髪を染める。頭皮が焼けるように痛い…!どうやら自分が買ったのはブリーチというものらしい。
一度では写真のようにならなかったので何度か染めようと試みたが、結局頭皮が痛すぎて2回でやめた。
鏡をみてみると、黄色とオレンジの間のような微妙な色になっていた。色合いも場所によって上手く染まらなかったのかバラつきがある。
長めの前髪をかき分けてみると眉毛だけ黒々としていてその間抜けな姿に笑ってしまった。
まぁいいさ。会社の人間とは明日限りで二度と会うことはないのだから。
仕事を辞めたらどうしようか。しばらく実家でゆっくりするのもいいな。弟にはまたバカにされそうだ。みたかったDVDをみて数日過ごすのもいい。車をレンタルして一人旅にいくのもいい。考えるだけでわくわくした。
その日は8年ぶりにアラームをかけずにベッドに入った。
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