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第21話
こちらでは黒髪・黒目というものは存在しないらしく、だからこそ貴重で神聖なものと考えているようだ。俺からしたら黒は悪魔のイメージがある、神聖といえば白じゃないかと思うが。
ひょっとしてこれは...殺されるよりもややこしいことになっている気がする。
どう考えても馬鹿らしい話だ。アジア人はみんな黒髪、南米やアフリカも黒髪が多かったはずだ。
髪の色だけでというのが逆に心配になる。もし万が一そういったことがあったとしても人違いだ。俺はただのサラリーマンで、政治や医療などの特別な知識などもちろんない。正しい方向に導く力があったらそもそもあんな会社を選んでないし、性格もこんなに暗くはならなかったはずだ。思い返してみても良い選択をしてきたとは到底思えない。
人違いです、と伝えるタイミングを見計らっているとはたと気付く。救世主が俺かどうかという事はひとまず置いておいて、彼らの言う事が本当なら、ここは死後の世界ではないのか。死んだから俺はここにいるわけじゃないのか。じゃあ何処なんだここは。
そう思った途端に全身が凍りついた。足元が崩れていく感覚がして、全てが遠く感じる。目の前がぼやけ、音が消えて自分の心臓の音だけが大きく響いた。喉の奥が震えたかと思うと、毛の長い絨毯の上に吐いていた。
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寝室に連れてこられて、水を貰って横になる。この広すぎる部屋と大きすぎるベッドのせいもあるかもしれないが、ひどく孤独を感じた。
こちらに来てからの生活はルートもシオンもいて、贅沢な生活ではないものの会社勤めしている頃に比べたら幸せな日々だった。
しかし サラリーマンとしての俺が死んで、その延長線上の死後の世界にいるんだとばかり思っていたのが、実際は得体の知れない場所にいるんだと思うと急に恐ろしくなった。この1年あまりの事がすべて偽物のように思える。先ほど戻したばかりだが、今までに摂取したものを体が拒もうとするのかまたえずく。布団の中に頭まで入れて自分の身体を抱きしめて治まるのを待つ。俺は今、本当に、一人なのだ。
しばらくしてノックの音が聞こえて扉が開く。俺は出迎える気力もなく丸まっていた。
「ミト、大丈夫かい」
聞き慣れた優しい声がする。布団を少しめくられて心配そうな顔でのぞき込まれる。今日の朝までは会いたくてしょうがなかったけれど、今は一人にしてほしい。この世界の誰にも会いたくない。
質問に答えることも顔を向けることもしない俺の髪に何かが触れる。それがルートの手だ思ったら反射的に振り払っていた。
「あ」
どちらのものかわからない声が漏れる。思わず顔を上げると目を見開いている彼と目が合う。少ししてその視線が下を向いて俺から離れていく。自分でしてしまったことに自分で驚き後悔した。何か声をかけないとと思ったが、まだ気持ちの整理がついてないまま何を話せばいいのかわからない。
こちらを向かないまま「ごめんね」と言ってルートは出て行ってしまった。
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