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第35話
ヒュッと喉の奥が鳴った。
「ま、そういうこったな」
ケラケラと笑いながら頭をぐしゃりと撫でられる。
「もし逃げ出したくなったらいつでも言え。ただしあいつには言うなよ、うるせえから」
————
あてがわれた部屋にとてもじゃないが戻る気にはなれず、フラフラと通路を歩いた。侍従が一定の距離を保ってついてくるのにも、少し慣れた。これからどうしようかと考えあぐねていると、ふとあの建物の事を思い出した。来た道を引き返し、モシェまでの道のりを訪ねた。
「やっぱり落ち着くなぁ」
できる限りの服を脱いで、ごろんと地面に転がった。ふわりと懐かしい香りが鼻をかすめる。もっと近くに移植できないかな。地味に遠いんだよなぁ。以前は植物に興味などなかったが、今になって知識がない事が悔やまれる。
ふっと息を吐く。無意識のうちにずっと張り詰めていたものが、ジワジワと溶け出していく。時間は有り余るほどあったが頭の中を整理する余裕がなかった。
無性にカレーが食べたくなった。しばらく思い返す事がなかった日本での生活を思う。こちらでの生活に馴染んできたせいか、以前の生活が遠く感じる。あれだけ切迫し精神的に追い詰められていたというのに、馴染みの店のランチの味や以前好きだった映画など少ないけれど良い思い出ばかりが頭によぎる。もう一度、が叶わないと思えば思うほどますます恋しくなった。人間の脳は都合良くできているんだなと感心する。
身体を起こし、最初にいた中央にある水溜まりへ近づく。
「うーん、やっぱり帰れないか」
中へ入り底を調べたり念じてみたり様々なポーズで寝そべってみたりと、思いつく限りのことを試してみたが何も変化はなかった。身体中がびしゃびしゃになっただけだった。
濡れついでに寝そべって仰向けになる。オフィーリア、なんてな。現実逃避している自覚はある。メンタル強くないんだ俺は。
なんなんだ、王の部屋と対になってるって。普通に考えたら妃だ。こっちでは男でもいいのか?もしかして女王なのか。そもそも俺会った記憶がない。
考える事を放棄して天井を見つめる。
ケネスにからかわれただけだと信じよう。
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