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第36話

「待って」 頭も冷えたし戻ろうかと考えていたところ、少し離れたところでルートの声がした。応えようと身を起こそうとしたが、勢いよく抱きしめられ叶わなかった。 息遣いが荒い、走ってきたのか。 「ミト」 俺の腰と背中に両腕を回し頭を胸に押し付けて、縋るように名前を呼ぶ。彼の立派な服も長く綺麗な髪も濡れてしまっている。 「ルート、どうしたんだ慌てて。何かあったのか」 様子を伺おうとするも、抱きしめられている腕が力強く解けない。 「行かないで、ミト。行かないで。」 声が震えている。何度も同じ事を繰り返す声がだんだんと涙声になっていく。いつもと様子が違う。こんなに取り乱している彼は初めてだ。兎に角落ち着かせよう。 「行かないよ」 (行きたくても行けないだけだけど) パッと顔が上がる。いつもの美丈夫がぐちゃぐちゃだ。ビー玉のような瞳が不安に揺れている。 「どこにも行かない」 そう言ってルートの背中に手をまわす。 腕の力が弱まったと思ったら、今度は頭から抱き込まれてしまった。顔が装飾品に押し付けられて痛い。彼の白くて長い髪と俺の半端に伸びた黒い髪が、肩の上で混ざるのが見えた。 「ごめん。ミトがどこかへ行ってしまう気がして」 「どこかって、俺がいたところ?戻れないってルートが言ったんじゃないか」 「それは、そうなんだけど」 「戻れるの?」 「それはない!」 「本当は?」 「...前例がない」 「なるほど、確証はないのか」 ピクッと震えて抱きしめる力が強まった。 「いてて」 「あ、ごめん」 緩めてくれたが、離してはくれない。俺は目一杯力を込めて体を引いて、ようやく顔上げた。 「やっぱり戻りたい?」 責めるような口調だが泣きそうな顔をしていて、普段とのギャップに少し笑ってしまう。 「わからない。恋しくなる事はあるよ。でも、ここで出会った人達と離れたくないとも思う」 水分で額に張り付いている髪を拭ってやり、安心させるように頬を撫でる。 濡れた瞳が見つめてくる。それを受け入れるように見つめ返していると、うなじのあたりに手がかかり目の前の影が濃くなった。 湿った白銀の束が頬に当たるのと同時に、柔らかいものが唇に触れた。

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