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1-S
「ただいまー」
「お、おじゃましまーす」
誰もいない家に帰宅の挨拶をする俺と何故か低姿勢な藤。
只今、午後4時36分。
藤、オマエ、人ん家入るのにコソ泥みたいに入るなよ。
「俺の部屋は奥の右側。こっちがトイレ、隣が洗面所になるから」
靴を脱ぎながら、藤に簡単な家の説明する。
「飲み物何がいい?」
「な、何でもいいよ。お構いなく…」
「さっきコーヒー飲んだからなぁ…、紅茶にするわ。あと何か見繕って持ってくから、先に部屋行ってて」
「りょ、了解です」
緊張感丸出しな藤の返事を聞いて、俺はキッチンへ向かって行った。
「何かあったかなー」
ケトルのスイッチをいれ、キッチン横のパントリーを見てみたが、父さんが土産で買ったチョコとクッキーしかない。
まぁ、紅茶には合うか。
「茶葉はどれにすっかなー」
紅茶を入れてあるボックスを取り出して、中にある茶葉を見る。
「んー、チョコがあるしー、無難にアールグレイか」
ティーカップを用意して、ポットに茶葉を入れる。
そして、既にスイッチの切れたケトルのお湯をポットに注ぐ。
「あー落ち着くー」
淹れたての紅茶の香りを、思いっきり鼻から吸う。
紅茶にしたのは、自分を落ち着かせるため。
ホントはもうちょいしてから家に呼ぶつもりだったが、成り行きで今日になってしまった。
幸いにも両親は不在。
……。
「あ、茶葉捨てねーと!」
慌てて茶葉を捨てる。
色々考えてたら2分が過ぎていた。
トレーに紅茶のセットと菓子をのせる。
藤の緊張が移ったのか、なんとわなしに落ち着かない。
藤は、たぶん、いや絶対、俺がホントに課題が終わらないと思って、俺ん家に来たと思う。
深い意味はない。
そう言い聞かせる。
吉川が現れてからの気まずい雰囲を、そのままにしておくのが嫌でついて来ただけかもしれない。
良き友人とのわだかまりをどうにかしたかっただけ。
そう言い聞かせる。
藤が俺に好意を持っているのは分かるが、それが俺と同じベクトルのモノなのかは、まだよく分からない。
仮に同じベクトルだったとして、熱量に雲泥の差がある。
だから、それを見極めたうえで、家に呼びたかった。
自分のテリトリーに入れてしまうと、もう一人の自分を制御できる自信はない。
だから、言い聞かせる。
あくまでも、課題をするため。
あくまでも、親友として。
あくまでも、……。
いつの間にか自分の部屋の前。
ひと呼吸して、ゆっくりと部屋の扉を開ける。
藤の背中が目に入る。
俺よりひと回り小さな背中。
左右に動く藤の頭。
柔らかかったあの髪が、ふわふわ動く。
その頭と背中を繋ぐ、白い項。
あぁ、やっぱり無理だな。
だって、俺の部屋 に、あの『三島藤』がいるんだから。
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