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3-S

「あ"---終わった」 「お疲れ様」 悪戦苦闘しつつ課題を終わらせテーブルに突っ伏す俺とそれを見て笑う藤。 只今、午後6時29分。 あー、マジ、疲れた。 紅茶を一杯飲んで、直ぐに課題に取り掛かった俺たち。 英語が得意な藤の教え方は、思った以上に分かりやすかった。 「たぶんね、はじめから和訳しようとするから、上手く訳せないんだと思うよ」 思うように長文読解出来ない俺に、プリントとノートを照らし合わせて教えだした藤。 「ちょっと面倒くさいけど、最初は英文のまま訳していく」 俺が和訳した下に、英文で書かれた順序で訳したものを書いていく藤。 「俺たちだって、日本語を読むとき縦書きだったら上から、横書きだったら左から読んでいくだろ?」 さらさらと書かれた藤の字は、綺麗だった。 「"それは"、"証明する"、"困難"。何が困難かっていうのが"to"以下で…」 ふと、藤が俺の字を見て『上手いね』と言ったのを思い出す。 あの時、藤が俺の字を見なかったら? あの時、藤が俺に声をかけなかったら? 俺は、こんなにも藤と仲良くなることはなかっただろう。 いや、藤を知ることすらなかったかもしれない。 「佐久間」 「あ、悪い」 名前を呼ばれ、慌てて藤が指してる英文の方を見た。 「"正確な定義"で、"証明する"はhaveプラス過去分詞の形になってるから…」 藤の指している英文を目で追いかけながら、説明を聴く。 「…ってな感じ。この直訳を、俺たちが普段使ってる日本語の語順に対応させて、和訳を完成させる」 「確かに、面倒くさいけど、だいぶ分かりやすくなったわ。流石、藤だな」 そう言うと、少し照れくさそうな顔をした藤。 「俺的には和訳はあんまり好きじゃないんだよね。きれいな和訳にしようとするほど、読みづらくなるから」 英語の得意な藤がそう言うのだから、やっぱり和訳は難しいんだろう。 「意味さえ分かれば、和訳なんてどうでもいいのにな」 「極論そうだね」 藤は、苦笑いで答えた。 「佐久間、この雑誌読んでい?」 「ああ、好きなの読んでていいよ。分からないとこでたら、声かけるわ」 俺の返答を聞いた藤は、ベットの横に置いてあったファッション誌を取り、パラパラと捲りだした。 カツカツとノートに書き込む音と、カサカサと雑誌のページをめくる音だけがする俺の部屋。 課題を解きながら、さっき藤が書いた字を見る。 俺のノートに浮かぶ、流れるような文字。 その美しい文字は、いつの間にか俺の中に入り込んだ藤そのものだ。 スッと現れたオマエは、柔らかい笑みを浮かべたかと思えば、不安げな表情で俺を見る。 そうやって、いたずらに俺の心かき乱す。 このノートを閉じるように、俺の中に藤を閉じ込められたらいいのに。 そんな事を考える俺を知ったら、藤はどう思うだろうか? たまに見せた俺の嫉妬に、藤はいつも戸惑っていた。 きっと、スッと離れていくだろう。 でもその前に、逃げられないような絆で捕らえ、それに満足する俺が目に浮かぶ。 ノートに書かれた藤の字は、消しゴムで簡単に消せる。 俺のこの黒い気持ちも、消しゴムで消すよう、簡単に消えるのだろうか?

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