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9-F
「どうだった?」
「うん…すごく綺麗だったよ」
幼い笑みで少し見上げて聞いてきた佐久間とボソッと褒めた俺。
只今、午後9時38分。
歌詞の意味が分かっての、この選曲なのかなぁ。
「良かった」
少しホッとした笑顔を見せた佐久間。
「この曲知ってたんだな」
「うん、映画で聞いたことあったから」
「わざわざ調べたんだ?」
「ううん。お父さんがクリント・イーストウッドが好きで、彼の映画見てた時に教えてくれた」
「そっか、じゃあシナトラだな」
心も身体も頭も高鳴っているのに、口からはサラサラと言葉が出てくる。
まるで、腹話術の人形。
「俺も、シナトラ聴いて知ったんだよなぁ」
そう言って、ピアノを弾きだした佐久間。
「さっきと全然違うだろ?」
「うん」
「シナトラはこんな感じ。で、ジョー・ハーネルがボサノバ風で…」
楽しそうに弾きながら話す佐久間は、ピアノに夢中で俺のことは見ていない。
「でも、好きなのは、オスカー・ピーターソンだな」
ピアノ、大好きなんだろうなぁ。
「やっぱ、この感じがしっくりくるわ」
なんか、寂しいなぁ…。
「藤、もしかして眠い?」
いつの間にか、弾くのをやめていた佐久間。
佐久間のピアノは素敵だし、眠くもない。
けど…、
「…うん」
今日一日で思い知らされたんだ。
「…ねむい」
…俺を見てない佐久間は嫌だ。
「うん」
俺を見て優しく頷く佐久間。
少し罪悪感が湧いて、目を擦って眠そうな仕草をする。
「今日は歩き回ったし、疲れたか」
立ち上がった佐久間は、
「藤、俺のベッドで寝ていいから」
と言って、部屋の扉の方へ向かう。
「…佐久間は?」
「俺は、布団持ってきて床で寝るから」
「俺が床で寝るよ」
「布団ひくとはいえ、客人を床に寝かせれねーよ」
佐久間は、軽く笑って部屋を出ていった。
こういうのは引かない佐久間だから、絶対ベットに寝かされる。
とりあえず、ベットに座った。
「おっきいなぁ」
佐久間のベッドは、たぶんセミダブル。
そのまま横に倒れる。
その拍子に、布団から香る佐久間の匂い。
「…佐久間」
足を上げ、モゾモゾと布団の中に入り込む。
佐久間の香りが強くなる。
「…あったかい」
佐久間の香りに包まれて…、まるで抱きしめられてるみたいな。
落ち着くような…、落ち着かないような。
「藤、寝た?」
声のする方へ目を向けると、布団を抱えた佐久間が目に入った。
「ううん。まだ起きてる…」
「寝心地は?シーツは昨日替えたばっかだから、臭くはないとは思うけど」
笑いながら布団を敷く佐久間。
「うん。臭くないし、広くて寝心地いぃ」
「あー安心した。臭いから嫌だって言われたらどうしようかと思った」
「…いい匂いだよ」
「ハハッ、そっか」
敷き終わった布団の中にいる佐久間を見ると、片ひじをついてこちらに身体を向けているものの、少し目を伏せていた。
「ふぁあ〜。俺も眠くなってきわ」
佐久間は欠伸をすると、仰向けになった。
もう少し話したかったけど、佐久間が眠いなら仕方ない。
「電気消すな?」
「うん」
ナイトテーブルにあったリモコンを取り、電気を消す。
佐久間のさりげなセレブには慣れるしかないな、うん。
「…佐久間、おやすみ」
そう言って、目を閉じると、
「おやすみ、藤」
いつかに聞いた声がした。
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