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9-S

「どうだった?」 「うん…すごく綺麗だったよ」 少し見上げて聞いた俺と小さな声で褒めてくれた藤。 只今、午後9時38分。 歌詞の意味、分かってんだろうなぁ。 「良かった」 少しホッとした。 「この曲知ってたんだな」 「うん、映画で聞いたことあったから」 「わざわざ調べたんだ?」 「ううん。お父さんがクリント・イーストウッドが好きで、彼の映画見てた時に教えてくれた」 「そっか、じゃあシナトラだな」 藤が俺の好きな曲を知っていたことが、すげー嬉しい。 「俺も、シナトラ聴いて知ったんだよなぁ」 しかも、同じシナトラから知ったっていう。 「さっきと全然違うだろ?」 「うん」 「シナトラはこんな感じ。で、ジョー・ハーネルがボサノバ風で…」 ジョー・ハーネルもいいけど。 「でも、好きなのは、オスカー・ピーターソンだな」 このジャズ感満載な感じがね。 「やっぱ、この感じがしっくりくるわ」 ふと、藤を見上げると、 「藤、もしかして眠い?」 少し、ボーっとしている。 「…うん」 つい嬉しくて、調子にノッて弾きすぎた。 「…ねむい」 「うん」 優しく頷くと、藤は眠そうに目を擦る。 「今日は歩き回ったし、疲れたか」 布団の準備だな。 「藤、俺のベッドで寝ていいから」 「…佐久間は?」 え、俺? 「俺は、布団持ってきて床で寝るから」 ホントは、藤と一緒に俺のベッドで寝てーよ? 「俺が床で寝るよ」 「布団ひくとはいえ、客人を床に寝かせれねーよ」 でも、それはまた今度。 客間にある布団を取りに部屋を出る。 「それにしても…」 眠そうに目を擦る藤は、 「…可愛いかったな」 片手でズボンのウエストを押さえ、空いてる方の手で目を擦る。 が、擦る手はスエットの袖から出ていない。 『…ねむい』とか『…うん』とか、返答も子どもみたいだった。 母性本能と邪な本能を擽る。 客間から布団を持って自室に戻ると、 「藤、寝た?」 俺のベットに寝ている藤が目に入る。 「ううん。まだ起きてる…」 布団から顔を覗かす藤は、 「寝心地は?シーツは昨日替えたばっかだから、臭くはないとは思うけど」 あざといぐらい可愛い。 「うん。臭くないし、広くて寝心地いぃ」 「あー安心した。臭いから嫌だって言われたらどうしようかと思った」 「…いい匂いだよ」 「ハハッ、そっか」 そんな顔でいい匂いって…。 「ふぁあ〜。俺も眠くなってきわ」 母性本能は眠りにつく。 「電気消すな?」 「うん」 ナイトテーブルにあったリモコンを取り、電気を消す。 「…佐久間、おやすみ」 いつかに聞いた、簡単に消えてしまいそうな、淡い藤の声。 「おやすみ、藤」 あぁ、俺の邪な本能も、今日は一緒に眠ってくれ。

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