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成田空港の奇跡〜疾走〜
夢を、見た。
痛いくらいに抱きしめられて、甘ったるい声で甘ったるい言葉を何度も囁かれて、幸せそうに笑いかけられて。
暖かい気分のままゆっくりと目を開けると、そこには誰もいない。
俺の胸元でかちゃりと音を立てたのは、銀色のロザリオ。
「母さんっ!」
怠い体に鞭を入れてばたばたとリビングに走る。テーブルの上には昨日の残りの料理やらペットボトルが乗っていて、これが夢じゃないってのを確認した。
シンクで後片付けをしている創が、眉根を寄せてこちらに振り返る。その隣で食器を拭いていた継が、布巾を置いて創の頭を撫でた。
痛む腰を抑えながら継に詰め寄ると、信じられない事を告げてくる。
「…あいつなら、もう出たぞ」
「は?ウソだろ……?」
「午後一の飛行機だって、好美さんが送って行った」
「な、に、言って…ウソ、だろ……」
ずるずると足から力が抜けてしゃがみ込む。待って、頭が付いて行かない。
え、どういう事だ?もう出たってなに?母さんが送って行った?ちょっと待って、それって、それって、もういないって事か……?ウソ、待って……え、どういう事だ?
「うそ、だろ……?」
「嘘じゃない、ジャスティンはもうここにはいない」
目の前にある継の足を辿って見上げてみる。黒い陰になって何も見えない。
ぎゅっとロザリオを握りしめる。腰が痛い。胸が痛い。
嘘じゃ、ない。
視界が歪んで熱くなる。頬に何かが伝っていく。何も見えない。
ばさりと背中に何かが掛けられた。はっとしてそれを掴む。俺の好きな匂いのするシャツ。
「行くぞ、シャキッとしろ」
「行くって…どこに」
「成田。今ならまだ間に合うかもしんねえだろ」
「っ…!」
エプロンを外した創がどこかに電話しながら、鞄に財布やら携帯やなんかを突っ込んでる。いつもの創らしくない、ほんと突っ込むだけ。
ぼーっとそれを見ていたら、ぐっと腕を引き上げられる。無理矢理に立たされて、腰をぺちんと継に叩かれてはっとした。
「最短コースで行くからな。走れんだろ?」
「……誰に言ってんだよ」
正直キツい。こんな体で走るとかありえない。けど、こんな体にした俺に黙って行くとかいう方がありえないだろ。
「タクシー5分で来るって!」
電話を切った創の言葉を聞きながら、テーブルに置いてあったミネラルウォーターを喉に流し込む。空っぽな体に染み込んでいくみたいに、じんわりと冷たさが広がっていく。
少し冷静になった頭で考えてみた。時計を見れば、今はもう9時半。午後一の飛行機って事は、11時過ぎには手続きとか始まるだろう。
先に出てる母さんの車に追い付くのは無理だ。だとしたら、フライトまでのわずかな時間でターミナル内を探すしかない。
5分で来ると言っていたタクシーがわりと早く着いてくれて、最寄りの駅まで飛ばしてもらう。その間も創が乗り継ぎの一番早い電車を調べてくれていた。
「ターミナルん中はオレ達がわかるから大丈夫だろ。な、創?」
「うん。だから大丈夫、会えるよ、大ちゃん」
にっこりと笑う創を見ていたら、そんな気がしてきた。うん、大丈夫。会って殴ってやるから待ってろ。
駅に着いて継が切符を買ってる間、創に支えられながら改札に向かって走る。今の状況なら、二人には申し訳ないけど、俺は何もしないで最短コースを進むのがいい。
いつもならダッシュで上がる階段も、今は無理だと判断した継がエレベーターのボタンを押しに走る。その背中が、試合中みたいに頼もしく見えた。
創が調べてくれていたおかげで、乗り継ぎの電車もすぐに乗れて、空港までの白い直通列車に間に合った。
今日は夏休み最後の日。とはいえ、車内にはこれから旅行に行く人もいれば、これから帰る人もいる。もちろん、来る人を迎えに行く人もいる。帰る人を追いかけるなんて、俺たちくらいだろうな。
二人掛けの座席に俺と創が座る。ああ、ごめん創、無理させたよな。本当なら継に凭れかかって甘えたいんだろうけど、俺に気を遣ってくれてるのがわかる。別にいいのに。
ふと窓から外を見ると、青い空に飛行機が飛んでいる。いつも見上げているよりだいぶ大きく見えて、もう空港が近いんだとわかる。
到着予定時刻は11時10分。間に合え……!
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