「……もしもし父さん？午後一の便てどこ？…は？いいから！……ん、わかった、サンキュ！」 継が周りを気にしながらもドアのところで電話してる。きっとおじさんに聞いてくれたんだろうな。 窓からはいよいよ空港らしきものが見えてきて、飛行機の離着陸の音が車内にも聞こえてくる。 「創、第一の南だってさ」 「うん。大ちゃん、次降りるからね」 電話を終え戻って来た継がそれだけ伝えると、創の隣りに立って頭を撫でてやってた。 予定通りの時刻に終点へ着く。一つ前の駅でも旅行者らしい人がたくさん降りてたけど、俺達の目的の駅はそこじゃないらしい。空港の建物自体が複数あるみたいだ。なるほど、ややこしいな。この電車だってなんか座席指定になってるし、俺一人じゃ無理だっただろう。二人がいてくれてよかった。 景色がゆっくりと流れていき、駅舎の中に入っていく。 「本日はご乗車ありがとうございます…………」 車内アナウンスが流れ、ドアが開く。ホームに降りてまた走った。 初めて来たからどこを通ってんだかさっぱりだけど、とにかく前を行く継の背中を追いかける。横では創が腕を支えながら走ってくれてて。 ああ、俺って友達に恵まれてんだなあ、なんてしみじみ思いながら空港のエスカレーターを上がる。 着いたフロアは人でごった返していた。偏見は良くないけど、あっち見てもこっち見ても外国人。まあ、外国人から見りゃ俺らも外国人なんだけど。 肌の色も髪の色もそれぞれ違う。そんな人種の坩堝みたいな中に、あいつがいるのかいないのか定かじゃないまま向かう。 痛む腰を摩りながら周りを見渡す。搭乗手続きをするカウンターに並ぶ人の列にはいない。ふと気になってフロアの端の方に目を向けてみた。居並ぶソファにはところどころ空きがあるものの、大きなキャリーバッグを持った人達が座っている。 吸い寄せられるみたいに、一人の人物に視線が行く。 「……っ！」 「えっ、大ちゃん！？」 弾かれたみたいに足が勝手に動いて走り出す。体の怠さなんか吹き飛んだ。 どんなにたくさんの人がいたって、俺があいつを見間違える筈がない。 道行く人を避けながら走る。試合中に比べればそんなの楽勝だ。誰が俺をそう仕込んだんだろうなんて考えてみてちょっと笑える。だって、そのスキルを仕込んだ張本人のところに向かってるんだからな。まるでこの時の為にそうしたんじゃないかってくらい、誰にもぶつからずに進む。 ソファに座って長い足に肘をついて俯くそいつの目の前まで走ると、息を整えてゆっくりと足を前に出す。視界に俺の靴が入ったのか、金色の髪が揺れた。 「おいてめえ、俺に黙って行くとか、いい根性してんじゃねえか」 「え…ダイ、スケ？」 「覚悟出来てんだろうな？」 俯いていた顔が上がると、碧い瞳が見えた。と同時に後頭部を鷲掴む。そのままぐっと引き寄せた。 ゴッ！という鈍い音が直接響き、額がジンジンと熱を持つ。 「ーー……っ！！！？！」 声にならない声で唸って両手でそこを抑えてまた俯いたジャスティンの隣りにどかっと座った。くそっ、腰痛えな。 走ったせいで汗をかいたシャツを脱ぐと、隣りから同じ匂いがする。胸元で揺れたロザリオがかちゃりと音を立てた。 「んー……やっぱこっちのがいいな」 ついぽろっと溢れた本音。残り香に縋るなんて女々しい事はしたくないし、俺のガラじゃない。 すぐ近くにある上腕に額をぐりぐりと擦り付けて、大きくゆっくりと息を吸い込んだ。悶絶していたのが一瞬ビクッとして、なんか面白くて笑える。 なんだかんだ言っても、俺はやっぱこいつが好き、なんだよな。あいつらみたいにお互い何を考えてるのか分かるなんて芸当は出来ないけど、でもやっぱり言わないと分からない事だってあるから。 「……起きたらお前いなくて、寂し、かった」 「Ah……ゴメンナサイ、少しでも話したら帰れなくなると思って」 「………………あたま、撫でろ」 言ってみれば、とても簡単な事だった。素直に言うのが難しかっただけで。 俺の好きな力加減で頭を撫でてくれる。さらさらと髪が擦れる音。聞き慣れた息遣い。汗と少し甘い匂い。ほら、体は素直に感じてる。 五感をフルに使うため、ぎゅ、とロザリオを握りしめてから顔を上げ、碧い瞳を覗き込む。 掌が頬を包み込んだ瞬間に、欲しかったものが降ってきた。 「っふ、…こんな、の、残して…かってに、い…いなくっ、なんじゃねえよ」 「うん、ゴメンナサイ」 熱くなった目の奥からボロボロと零れ落ちる水滴を親指で拭ってくれる。それがなんだか分かんないけど余計に止まらなくなって、しゃくり上げるのを必死に抑えようとしたけど出来ない。 引き寄せらるままに抱きしめられて、俺も広い背中に腕を回す。肩口に顔を埋めると、子供をあやすみたいにぽんぽんと背中を叩いてくる。 本当は背中から響いてちょっと腰が痛い。でもそれがこいつの存在を主張してるみたいで、止めろだなんて言えなかった。