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成田空港の奇跡〜誓約〜
ぎゅ、と背中を抱きしめてくる腕の力が心地よくて、でもここから抜け出さなきゃいけなくて。
見上げた先にある碧い瞳は、まっすぐに俺を見つめていた。
「……オレがプロなったら、その時は、一番近くにいてくれる?」
いつも自信たっぷりなこいつが、珍しくそんなふうに尋ねてくる。なんだよそれ、選択肢はyesしかないくせに、なんでそんな事言うんだよ…
お前がプロになったら?一番近くに?
何言ってんだバカらしい。
「俺が、お前を万全に仕上げてやるよ」
「はは、じゃあしっかり頑張らないとな」
「当たり前だろ、お前の専属になってやんだから」
俺の未来を決めたのはこいつ。
俺の未来にいるのもこいつ。
約束を果たすその時まで、お互いに辛い事もあるだろう。でも、俺は決めたから。
出国カウンターでの最終チェックインを告げるアナウンスが流れて、はっと気付く。
「……じゃあ、また」
「ん。ちゃんと連絡しろよ?」
「もちろん」
荷物を持ってカウンターに入る後ろ姿が、なんか滲んでボヤける。あれ、目ェおかしいのかな?
今、ちゃんと笑えてるはずなんだけど、大丈夫かな?
最後までしっかりあいつの背中を見ていたいのに、なんで戻って来るんだよ……
「ッ……!」
「泣かないで……」
いきなり戻って来たジャスティンにぎゅうぎゅう抱きしめられて、堪えていたものが一気に溢れ出した。
ダメだ、今ここでこいつに縋ったら、この先どうなんだよ。そう頭ではわかってるのに、広い背中に回した腕を離す事は出来なくて。
ゆっくり髪を撫でて、頬に掌を滑らせてくる。溢れ出る涙を拭って、唇を合わせた。
「っふ、……ジャスティン、すき、だ…!」
「ああ、オレも、好きだよダイスケ」
口に出した素直な気持ちは、驚くほど簡単に言葉になって。同じ言葉を返してくれて嬉しいのに、しばらくの間聞けないのかと思うとまた涙が溢れてきた。
そんな俺の心を見透かしたみたいに、唇を触れ合わせたまま何度も何度も繰り返し言葉にしてくれる。
抱き込まれた胸の中で、周りも気にせずにわんわん泣いた俺の背中から、暖かい掌がそっと離れていく。
ゆっくりと顔を上げて最後にもう一度だけ唇を合わせると、額にキスが降ってきた。
「本当はオレがhappyじゃないんだけど……でも、生まれてきてくれてありがとう……happy birthday」
「っ、こ、んな時に言うとか、狡い…」
「笑って、ダイスケ」なんて言われてしまえば、ぼろぼろ溢れてくる雫を手の甲で無理矢理に拭って、精一杯の笑顔を見せる。大丈夫、笑えてるはず。
涙で濡れた掌を捉えられて、指先にそっと唇が触れた。
「行っちゃったね〜」
「嵐みたいに来て嵐みたいに去って行ったな」
見上げた空に、白い飛行機が飛んでいる。展望デッキでは、小さな子供らがそれに喜んで手を振ってはしゃいでいた。
はたはたと揺れるシャツからは、俺の好きな匂いがする。創が貸してくれた濡れタオルを目に当てると、冷たくて気持ちいい。瞼の裏にいるのは、あいつの笑顔。あいつも、同じだったらいいのにな。
見えなくなるまで飛行機を見送って、二人に向き直って礼を言うと、創にぎゅーっと抱きしめられた。というか、しがみ付かれたみたいな?継は継で俺の頭をぐしゃぐしゃにしてくる。
「大ちゃん……」
「来年のインハイ、勝ち上がるからな」
二人なりに俺を慰めて、元気付けようとしてくれてるのが伝わってくる。本当、友達に恵まれたよなあ。
胸元で揺れるロザリオをぎゅ、と握って、数年後のための新たな一歩を踏み出した。
〜〜成田空港の奇跡・完〜〜
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