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鳴らない電話
あいつを見送ってからもう3日。まだ3日。色々と言ってやりたい文句はたくさんあるのに、未だに俺のスマホはあいつの名前を表示しない。
別に俺から掛ければいいんだけど、なんかそれもムカつく。電話口の向こうでニヤニヤ笑うあいつの顔が簡単に想像できる。
イライラしながら部活に出れば、あいつが残していった俺用の練習メニューに更にイライラが募る。
「おー、なんだよ大介、ツノでも生えてきそうじゃん」
「うっせー……」
察しの良い継にこうやって揶揄われながら迎えた土曜日の朝。たまたま部活が休みで、まだ深いところに沈んでいた俺の意識を浮上させた着信音。
半ばイラっとしながらも画面を確認せずにタップすると、一週間ぶりに少しだけ低いあの声が耳元に響いた。
『Hello?』
「……切んぞ」
『えっ、ちょっと、待って待って!!!!』
焦ったようなあいつの声。久しぶりに聞くその声が耳元で囁かれるように俺の名前を呼ぶ。
『ダイスケ…あの、いつ電話していいかわからなくて…』
「……別に、お前のしたい時にすりゃいいだろ」
『…サンクス』
「ん……」
ああ、まずった。会話が続かない。
言ってやりたい事は山ほどあったはずなのに、言葉が喉に突っかかる。この声を聞いてしまったから、抑えらるなくなる。
すう、と大きく息を肺に入れて、ゆっくりと吐き出す。
「お前さ、あの衣装なんなんだよ、マジあり得ないからな!」
油断したら溢れてしまいそうなものを必死で堪えながら、天井を見上げて話す。
けど、俺よりも俺の事を分かってるこいつには、やっぱり通用しなかったみたいだ。
『ダイスケ……泣かないで?』
「っ、泣いて、ねえし…っ!」
『…たった一週間で、こんなに会いたくなるなんて』
びっくりした。俺の心の中の言葉そのものを、こいつが口にしたから。
俺が今すぐ来いって言ったら、こいつは文字通り飛んで来るだろう。けど、それは絶対言ったらダメなんだ。
クリスマス休暇ってのが向こうにはあるから、その時にはこっちに来るって言ってたし。あと3カ月、たった一週間でこんな気持ちになってたら、先が思いやられる。
「…練習メニュー、頑張るから」
『ああ、でも無理はしないで?』
「ん……お前もしっかり練習しとけよ?」
電話口からはボールの音や話し声が聞こえてくる。向こうはまだ金曜の夕方。きっと練習終わったばっかなんだろうに、こうやってわざわざ時差を考えて電話してくるなんて。まあ、もうちょっと遅くて良かったんだけどな。
正直この一週間まともに寝られなかった。静かな部屋に一人、広いベッドに横になる。今まではずっとそうしていたのに、いきなりあいつが現れて、いきなりいなくなったから。
ああ、でも今ならぐっすり眠れそうだ。
『ダイスケ、goodnight…』
「ん……」
俺の声で察したのか、くすくす笑いながらそんな言葉を掛けられたら、途端に瞼が重くなってくる。二度寝なんて久々だ。どんだけ正直なんだよ俺の体は。
意識が遠のく寸前に、あの低い声が耳元に囁いた言葉を、暖かい気持ちになって聞いた気がした。
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