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七
「燐 」
「何だ」
「何処へ行くんですか」
「何処へも行かん」
「本当に?」
「・・・・・・・・・」
しとしとと、長雨が続くある日。
うつらうつらしている煌 を撫でて撫でて撫で倒し、やっと寝かし付けた燐が社 を出ようとして戸に手をかけたその時、後ろから寝ていたはずの黒猫が声をかけてきた。
寝ている間に黙って出掛けようとしていた燐は、思わず何処へも行かないと言ってしまったが、本当は所用があった。
「何故、僕に、嘘を、吐くんですか?」
穏やかな笑顔と言い方が恐い。
しかも、煌の目は笑うどころか、薄暗い社の中で鋭く光っている。
「その・・・ちょっとした用事が・・・」
「お供します」
「いやいらん。雨も降っているし、お前はここで大人しく寝て・・・」
「お供します」
有無を言わさず付いてくる黒猫。
雨の中、歩かせるのが可哀想だと思って寝かし付けてやったのに・・・と、ぶつぶつ言いながらも、燐が濡れぬよう肩を抱き寄せ傘をさす煌の温もりを、内心嬉しく思う神さま。
「まったく、物好きな猫だな」
「僕は燐が好きなだけです」
「・・・っ、か、勝手にしろっ」
静かに降る雨音が、白蛇 の杜 を包んでいる。
降り注ぐ銀糸に、空気は浄化され清:(す)みきっていた。
「それで、何処へ向かっているんです?」
「滝だ」
白蛇の杜は山の麓にあって、その山の中腹辺りに滝があるのだと言う。
木々の間を縫うように、山肌を進んで行く。
雨の中、人が登るには険しい道も、神さまとその加護を受ける猫には大したことはなかった。
程なくして目的地に着くと、燐は真剣な顔で滝を見詰めた。
煌も黙ってそれを真似る。
「・・・・・・・・・うん、大丈夫そうだな」
「何がですか?」
「雨が続くと山が削れて流れる事がある。流れれば山は止まらず、麓の村を飲み込んでしまう。この滝を見れば、山が流れるかどうか判るんだ」
帰ろう、と燐が言うと、煌は抱き寄せていた燐の肩を放した。
そして恭 しく彼の手を取り、傘を全て燐のために使った。
「な、何だ、急に改 まって」
「燐は僕にとっても神さまですから。今までの非礼をお許しください」
まるで従者の様に振舞い出した煌に、神さまが言った。
「・・・こ、これだと寒い。行きと同じ様にしろ」
少し頬を赤らめ、視線を逸らしながら。
煌は、そんな燐を我慢できずに抱き締めてしまった。
「燐が許したんですからね。燐を僕の好きにして良いと」
「なっ、好きにして良いとは言ってな・・・んぅ・・・っ」
それから社 までの道程を、神さまと猫はゆっくりくだって行った。
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