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第5話 松崎の運転
カーナビに自宅の住所を入力し終えると、裕翔はピンと背筋を伸ばして助手席に座り直した。
花凛の運転する車の助手席で、ダラけた姿を見せることは許されない。
直角に立てられた背もたれに背を寄り掛けただけで、人が運転してやっているのに礼の心が足りない等と激しく叱咤されるからだ。
運転してもらって出掛ける先と言えば、ほぼ100%花凛の個人的な用事先で、裕翔は荷物持ちやエスコート役として仕方無しに連れて行かれているだけなのだが。
その癖で無意識に、姿勢正しく座った裕翔だったが、松崎は肩の凝りそうなその姿に軽く笑むと、
「もっと楽にしてろよ」
上司の車だからって緊張すんな、と冗談交じりに裕翔の頭をポンと撫でた。
「っ、……別に、松崎さん相手に緊張なんてしませんけど」
裕翔は慌てて背もたれに身をもたらせ、ついで偉そうに腕を組む。
「そうか。なら良かった」
何が良かったのか、松崎は嬉しそうに目を細め、シートベルトを引いた。
松崎の運転は意外や、安全運転だった。
発車でも停車の時でも滑らかな動きで、身体が重力に持っていかれることはない。
当たり前だが、無理な割り込みや追い越しは無く、寧ろ率先して道を譲り、手を挙げ礼を伝える相手の運転手に にこやかに手を振り返している。
車列の隙間をついてスルリと右折し、車線変更もスムーズだ。
もっと荒々しい運転をしてもおかしくない体格なのに……
「運転、慣れてるんですね…?」
上手ですね、と褒めることがなんだか恥ずかしくてぶっきらぼうに訊ねれば、松崎は前を向いたまま「好きなんだよ」と柔らかな声音で答えた。
右手でハンドルを握り、左手はいたずらに裕翔の頬を擽る。
「肌触りいいな、お前。ずっと触っててぇ」
口元を緩ませながら指の背で頬を撫で上げ、親指と人差し指とで耳朶を弄ぶ。
ムズムズと妙な感覚が身体を伝い、裕翔は「ンッ」と小さく声を震わせた。
「どうした? トイレか?」
松崎に声を掛けられてハッと気付く。
気づけば無意識に、もじもじと内股を擦り合せていた。
咄嗟に見上げた先には、この上なくイヤラシイにやけ顔。
「……っ! 〜〜トイレじゃないですっ! そんなことより、危ないからフザケてないでちゃんと両手で運転して下さい!」
思い切り振り払えば運転に差し支えると、我慢して言葉だけで窘めると。
松崎は見えているのか、見えておらずとも分かるのか、
「はいはい。んな顔して怒ってっと美人が台無しだぞ」
皺の寄った眉間に指を這わせ、楽しそうにクスリと笑ったのだった。
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