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第8話 新入社員歓迎会

裕翔(ひろと)が前回はじめてこの部屋に訪れたのは、4月初めに行われた新入社員歓迎会の夜のことだった。 そう。数年コンビを組み最早ツーカー、何でも言い合える仲の良い上司と部下に見えなくもない二人だが、その実 裕翔が入社し、松崎の下に付いたのは今年の4月。たった五ヶ月の未だ短い付き合いでしかないのだ。 22歳の新卒新入社員(ペーぺー)である裕翔が役持ち(チーフ)の松崎をぞんざいに扱うようになった事には、理由がある。 それは何度か掠っている、新入社員歓迎会での話だ。 裕翔はアルコールに極端に弱く、外は疎か家の中でも殆ど酒を口にすることはなかった。 二十歳の誕生日に、祝いだと父親が奮発した誕生年のワインをグラス1杯飲み干すなり、瞬時に寝落ちた初飲酒即落ち事件から、家族にも外で飲まないようにとキツく止められている。 顔には全く出ない分、倒れた瞬間の衝撃は大きかったらしい。 大学では、飲み会に参加しても全てノンアルコール飲料で切り抜けたし、会社の飲み会でも同じように乗り切るつもりだった。 乾杯はビールで。 恒例行事に水を差すのは野暮なので、ジョッキに口を付けるだけ。飲み込まないよう唇を閉じたままジョッキを傾け、口を離すとすぐにテーブルに置いた。 こっそり個室を抜けて、通りすがりの店員にウーロン茶を注文する。 元居た席に戻ると、隣の松崎が早くもジョッキを空にするところだった。 「あの、松崎チーフ、ビール苦手なので、もし僕が口を付けたジョッキでも嫌じゃなかったら、これ飲んで頂いてもいいですか? 残すの、勿体無いと思うので」 おずおずとジョッキを差し出せば、松崎は他人が口を付けたものがどうと気にするタイプではなかったらしく、「おっ、じゃあ貰うわ。ありがとな」と礼まで述べて、それを豪快にゴクゴクと煽った。 「櫻井の飲みもんは?」 「あ、僕はさっきウーロン茶を頼んだので…」 そう話している間にタイミング良く引き戸が開き、店員の運んできたジョッキを手に入口付近の女性社員が「ウーロン茶、誰のですかー?」と声を上げる。 「おー、こっちこっち」 「えっ、うそ! 松崎君がノンアルなんて絶対無い!!」 「いや、俺じゃなくてうちのかわいーのがな。俺はまだまだアルコール摂取するから、遠慮なくどんどん持ってきてもらって」 「はいはい。毎回悪いわね〜。飲み放題の元取ってもらって」 「お前も同じくらい飲むだろ。けど今日は新入社員の手前もあるからな、この前みたいに酔い潰れて道で寝るようなことだけはすんなよ」 「ちょっ…!やめてよ、櫻井君(かわいい子)の前でそういうのっ」 仲の良い二人の掛け合いに、裕翔はクスリと笑みを零す。 酒は苦手だが、飲み会の雰囲気は嫌いではない。 「松崎さんはこっち派ですよね!?」 彼女が運ばれてきたお替わりに気を取られた瞬間、ドスッと裕翔にぶつかりながら、松崎に声を掛けてきたのは二課の四年目戦士、原島だ。 「なんだよ、こっち派って」 よろけた裕翔を抱き寄せ庇いながら、松崎が渋い顔を向ける。 「巨乳派って事ですよ! 俺らみたいに手ぇデカイと、揉みがいのあるデカ乳のがいいじゃないですか」 「二課は下品だなぁ。誰にでも脚を開く尻軽より、控えめな貧乳の方が慎まやかでいいじゃないか。ねぇ、櫻井君?」 松崎の同期、一課の湯川が裕翔にちょっかいを掛けようと手を伸ばすと、すかさず松崎が裕翔の前に出る。 「うちの姫はそう云うの苦手なんだよ。くだんねぇ話振ってくんな」 「じゃあ櫻井君じゃなくて、松崎に聞こうかな」 「そうッスよ。松崎さんはどっち派なんですか!?」 「はぁ? 俺は……」 背に庇われながら裕翔は、面倒くせぇなと酒臭い溜め息を吐き出す松崎の横顔を見上げた。 「デカかろうがちっさかろうがどっちだって構わねぇけど、感度良い乳がいいだろ、やっぱ。色白の肌に、ピンクか薄紅の吸い付きたくなるような美味そうな乳首がベターだな。俺が育ててやると思わせるようなチョコンと頼りない乳首に、淡い色の乳輪、白い肌に赤い痕を残…」 「わかったわかった。お前が一番マニアだ」 「松崎さんがチャンピオンでいいですからその辺でっ! 女性陣の目が怖いですからっ」 飲み会の雰囲気は好きだが、こう言った下ネタ系の話は苦手だ。 性的な経験が無いからか、それとも元々の性質なのか……。 楽しそうに話している友人達の話に入れなくて、いつも黙り込んでしまう。 裕翔は松崎から視線を外して、テーブルの上の刺身の皿に箸を伸ばした。

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