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第9話 覚えのない部屋
それから暫くノンアルコールの飲料で飲み会の雰囲気を楽しんでいた裕翔だったが、数切れめの刺身を食べてから記憶が飛び、気づけば朝。
細かく言えば、かなりの山葵 が付いていることに気付かずマグロの赤身を口にして、目を白黒させている所に松崎が咄嗟に差し出したアルコールを一気飲み。
その後目を回し倒れたのだが、裕翔はそこまで詳しく覚えていない。
そして、この部屋にも、やたらとデカいベッドにも、まったく覚えが無い。
身体に掛けられた掛布団を除けて、ベッドから下りる。
ここは何処だろう………?
改めて見渡してみるも、やはり初めて見る場所だ。
扉を押し開くと、廊下に繋がっていた。
濃いめのウッドカラーの床に、柔らかなホワイトの壁。所々に小さな額縁が掛けられている。
シンプルだがスタイリッシュな空間に、そう言えばさっきまで居た寝室もお洒落だったな…と思い出した。
三十代のシュッとしたイケメンが住んでそうな部屋だ。
大学を卒業したての裕翔は、若者らしくそんな事を思う。
大人の男になればインテリアの趣味も勝手に変わるだろう。そうすれば自分もいつか、こんな部屋に住むようになるのだろう。まだ結婚せずに一人で居ればの話だが。
小学生が、大人になれば朝 楽に起きられるようになる、と思い込んでいることと同種の勘違いだ。
それにしても……、俺が何故そんな三十路イケメンの家に………?
そんな知り合いが居ただろうか?
………いた。
同じ営業部の、自分は営業二課の所属だが、一課の佐々木課長が三十代後半のイケメンだった。
昨日の歓迎会は一課二課合同だったから、充満する酒の匂いに酔って寝てしまった自分を、佐々木課長が自宅に連れて帰り介抱してくれたのだろう。家が店から近かったとかそう言った理由で。
裕翔の推理はそこで落ち着いて、それならば早く、起きたこととお礼を伝えないと、と一歩を踏み出す。
時計が無いから時間は分からないが、今日も平日だ、仕事がある。
扉の形状からして、左はトイレと浴室だろう。
きっと佐々木課長は右側に………
「おう、起きたか櫻井」
カチリと音を立て右のドアが開いて、見慣れた顔が覗いた。
「あ、ゴ……、松崎チーフ…」
一瞬、イケメンのゴリラが部屋から出てきたかと身構えかけたが、所属部署の上司だとすぐに気付いて構えを解いた。
「ここ俺ん家 な。お前、店で突然 俺の膝に転がってきたと思ったら寝ちまったんだけど、覚えてるか?」
「は……い───!?」
上司の膝を……!?
勝手に膝枕にして!?
寝た…だと───!?
「覚えてない、か。ま、それはいいんだけどな、頭は痛くねぇか?二日酔いは?」
「あ…、大丈夫…です…」
「じゃあ、風呂行ってシャワー浴びて来い。今朝飯作ってっから、食ったら会社行くぞ」
「あっ、はい。お借りします」
「ああ、それから櫻井」
「はい…?」
「おはよう」
「! おはようございますっ!」
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