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第10話 甲斐甲斐しい上司
松崎は見た目に反して甲斐甲斐しかった。
スーツは上下ともハンガーに掛けられており、酒臭さは消臭スプレーで消されていた。
シャツは洗濯済みで、柔軟剤の爽やかな香りを纏っている。ご丁寧にアイロンまで。今時、恋人の家に泊まりに行っても、ここまでのことはやってもらえないだろう。
「パンツ、新しけりゃ適当なヤツでもいいよな」
渡されたボクサータイプのパンツは、まだパッケージに封入されたままの新品のもの。
「Sが無かったからMサイズにしたけど、ちょっとデカくても1日ぐらい我慢しろ、な?」
わざわざコンビニエンスストアにでも出掛けて買ってきてくれたのだろうか。
「ありがとうございます」
下着の好みの形状やサイズを把握されていることに多少の気持ち悪…、いや、気恥ずかしさを覚えたが、裕翔は素直に好意を受け入れそれを受け取った。
きっとスーツが皺にならないよう脱がせた際に、確認されたのだろう。
そう言えば、いつの間にか見覚えのないトレーナーを着ている自分。
肩からずり落ちるビッグサイズのそれは、恐らく松崎の私物だ。
下がパンツ一丁なのは、腰周りと丈が余り過ぎ、穿かせてもすぐに脱げてしまうから。と言ったところか。
脱衣所で、脱いだトレーナーのタグを確認する。
3L。
自分はいつもMサイズを着ている。このサイズ差ではダブダブになってしまうのも道理だ。
松崎はその身に筋肉を纏ったスポーツマン体型だが、決して太っている訳ではない。
それでも体育会系と文化系では、この程度の身長差で、3サイズも変わってくるものなのか。
身長が190cmあると言っていたが、自分だって成人男性の平均には届いている。……ギリギリ。
「………………………」
ペイッ!
なんとなく男として負け……もとい、複雑な心境になって、裕翔は脱いだ服を入れておくように言われた洗濯かごに、トレーナーを放り入れた。
浴室に入り、シャワーをあてる。
シャンプーやボディソープは好きに使っていいと言われたが………
「トニックシャンプー………」
こんなの使ったことないぞ……。
裕翔は動揺しながら掌に出したシャンプーに鼻を近づける。
「うっ…、スースーする……」
仕方なくそれで髪を洗い、いつもよりも念入りに流す。
しかし、コンディショナーが見当たらない。
……ああ、そうか。あの短髪に、コンディショナーなんか必要ないか……
キシキシする髪に顔を顰め、溜め息一つ。
仕方ない。一日ぐらい我慢しよう。
ボディソープと洗顔フォームは、アラサーからの男の為にと謳った商品で揃えてあった。
22歳のピチピチ世代には未だ不要の物だ。
他に浴室内に置いてあるのは、擦れば肌が悲鳴をあげそうな垢擦りタオルに、シェービング剤、松崎愛用の髭剃りに、使い捨ての髭剃りは出しておいたから使っていいと言われたけれど。
指先で確かめた感触では、髭が生えている様子はなかった。
元々、週一か二週に一辺剃れば事足りる程度しか生えない体質だ。
念の為、壁の鏡を覗き込む。
「ん…? なんだこれ?」
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