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第17話 ゴリラとウルフ

「あ、それ? 俺俺」 「……………は?」 「だから、大学時代の俺だよ。良く見たら分かんじゃねぇの?」 半信半疑。ガラス扉に近づいて、男の写真をマジマジと見つめる。 「…………………」 目をコシコシ。 じーーーーーっ。 「………いやコレ違いますね。松崎さんじゃない」 「いや、本人がそうだって言ってんだろが」 「いや、だって、もう種族からして違う。この人ウルフじゃん! 松崎さんは完全ゴリ…イタッ」 条件反射で松崎の手が裕翔の頭を小突いた。 裕翔が痛いと声をあげたのも条件反射で、戯れるような攻撃にそんな威力があるわけも無い。 「中高で、ほらソレ、水泳やってたろ」 松崎が指したのは、競泳水着の写真とメダル。 「まあ、県大会優勝ぐらいのレベルではあったんだけどな、いざインハイ出ると、トップの奴にはやっぱり付いてけねぇんだよ。で、高三で水泳は引退。そっから髪伸ばして大学デビュー」 ゴリラ、ゴリラ、からの、ウルフ─── 「大学ん時はバスケサークル入ってたからか、そこそこモテたな。その後 就活で髪切って、それから今までこれで来たってぇ話。なんだかんだ短ぇ方が楽だしな」 ───からの、ゴリラに戻った、と。 「……え、………えぇぇ…………」 「なんで信じねぇんだよ」 「だって………」 どう見たって目の前のこの人、ゴリラなんだもん。等と口にすればまた はたかれるから言えないが。           ♢ 上目遣いで気まずそうにモゴモゴと口を動かす裕翔に、 コイツ可愛いな…と、松崎は口元を緩ませる。 そして目に悪戯な光を浮かべると、更にニヤリと口角を上げた。 「そういやお前、この写真見て、カッコイイ、つってたな」 「っ!───!!!」 目が大きく見開かれたかと思えば、その顔が瞬時にして、耳まで真っ赤に染まる。 「そ……れは…っ、松崎さんじゃないと思ったからでっ…!」 「実は俺のこともカッコイイと思ってんじゃねぇの?」 「それはないっ! ゴ…イタッ! まだ“ゴ”しか言ってないっ!」 「悪ぃ悪ぃ、条件反射。てかお前なぁ、上司に面と向かってゴリラって…」 「俺じゃないです! シルバーバックって言い出したのは先輩達ですっ!!」 「いやそれボスゴリラじゃねぇか! なんで俺がゴリラのボスだよ…。俺の上に課長だって居んだろが」 「課長はご隠居って呼ばれてます」 「ご隠居って、確かに今年から俺らに任せてすっ込んでっから言い得て妙……いや…。  けどな、櫻井。課長は兎も角、面と向かって俺にゴリラって言ってくんの、お前だけだから」 「!! そうなの!?」 「そうなの」 大仰に驚いた裕翔に、松崎は大きく頷き、呆れたような笑みを浮かべた。 その柔らかな笑みになんとも言えない表情を浮かべた裕翔だったが、微妙な空気を断ち切るように唐突に「でも」と切り出す。 「自分の写真こんなに並べちゃうなんて、松崎さんって実はナルシスト?」 「いいや。姉貴が、インテリアコーディネーター…とか言ったか? そういう仕事に就いてんだけどな、ひとり暮らしするっつったら、家具選びから配置まで全部勝手にやりやがった。文句言ったら、アンタがコーディネートしたって素敵な部屋にならないでしょうが、だってよ」 「……なるほど。だから家主が松崎さんだとは思えないようなオシャレな部屋なんだ」 「うるせーよ」 その頭をはたくでもなくポンと撫でると、松崎は、 「さ、もうお部屋探訪は終いだ。せっかく美味いメシ作ったのに、いつまでも遊んでたら冷めちまうだろ。とっととあっち行くぞ」 リモコンでテレビをオフにして、大股であっと言う間にダイニングへ歩いていってしまう。 裕翔は足早にそれを追いかけて。 テーブルの上の料理を見るなり、その顔に驚愕の表情を浮かべた。 「ちゃんとした料理だ…!!」 「………お前なぁ?」 「え、いや……、えぇ………?  ───いただきます。………っ!? うまっ!」 「おーおー、そりゃ良かった。あんまり慌てて食うなよ」 「ふぁいっ」 元気に返事をして若者らしくパスタを掻き込む裕翔を眺めながら、松崎はコンソメスープを口に運ぶ。 「サラダも食えよ〜」 「はーい」 「おかわりもあるからな」 「やった!」 「それでも足んなけりゃカンパーニュ焼くから遠慮なく言えよ」 美人と評される顔に似合わぬ食べっぷりは、女性や裕翔を神格化している男たちからは引かれる要因でしかなかったが。 満面の笑みで海老のトマトクリームスパゲティを頬張る裕翔の姿を、松崎は嬉しそうに見守りながら、自分も負けじとフォークを手に大盛りパスタに立ち向かうのだった。

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