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第19話 したり顔

 次に裕翔が目を開けたのは、部屋が薄暗くなってからだった。 「えっ、…うそっ、今何時!?」  時計っ、スマホっ。  壁掛けの時計を探し辺りを見回し、見付からないとなれば自分のスマートフォンを探す。  ポケット!……から出した気がする。  確か松崎さんのスマホ置き場の隣に……! 「おー、起きたか」  キッチンから聞こえてきたのは楽しげな声。 「夕メシ食ってくだろ?」 「えっ、…いえ、あの、今何時…」 「19時…22分? お前の分も作っちまったから食ってけ」 「え、でも……」 「いいから食ってけよ。いい歳の男の一人メシは淋しいんだよ」 「………頂いていきます」  どうせ冗談だろうに、本当に淋しげな顔で笑うから、それでも帰るなんて言えなくなる。 「なにかやる事ないですか? お手伝いします」  ダイニングから声を掛けると、 「おっ、悪ぃな。じゃあ…」  出してある皿にご飯をよそうようにお願いされた。  昼間とは違う返しに、お客さんとしてじゃなく一緒にいることを認められた気がして、裕翔は自分でも気付かぬうちに、「はいっ」と浮かれた返事をした。  夕飯は、2日間煮込んだ牛テールのシチューと、梅ドレッシングの大根サラダだった。  それにご飯と漬け物、お吸い物とはどう言う組み合わせだと裕翔は思ったが、シチューの隠し味に和の物を使っているらしい。  カレーライスのようにシチューをご飯に掛け、時折大根サラダや漬け物を挿めば飽きることなく食べられる。  お吸い物を口にすれば口内がさっぱりして、リセットして更に食べ進める事ができる。 「っ! 肉やわらかっ、美味っ! 何コレ、舌の力で肉解ける。ホロホロってこういう事!?」 「そっか、旨いか。喉つっかえるから慌てずにゆっくり食えよ」 「は〜い。あっ、漬け物も美味い!」 「ああ、うちで漬けたぬか漬けだ。心して食え」 「あぁっ、もう何食っても美味い! ナニこの食堂!」 「お〜い、食堂じゃねぇよ。上司ん()な」  昼食同様、松崎の手料理はすこぶる美味しくて、裕翔は見るからに大食いの松崎と競うようにして食べた。  昼食と違ったのは、今回は食器の片付けを手伝わせてもらえたことで。  芋焼酎をロックで呑みながら洗いものをする松崎の傍らで、「キッチンドリンカーですか」などと呆れ顔をして上がってきた食器を拭く。  “米”とか“麦”じゃなくて、“芋”なんだな……。  やっぱりゴリラだからか?  そんなゴリラ関係ない失礼なことを考えながらも、そうしている時間はとても楽しかった。  食事の後片付けも終わり、松崎が焼酎の瓶を二種と炭酸水、梅干しに半分に切ったレモン、それにカルピスソーダなんてそのガタイにしてやけに可愛らしいもの(1.5lペットボトルだからサイズ的にらしいと言えばらしいが)まで、ダイニングテーブルに置いたお盆に乗せていく。  晩酌を始めるのだろう。  こうなると、酒豪の松崎のことだ。終わりが見えなくなる。 「松崎さん、俺、そろそろ…」  お暇しますと声を掛けると、鼻歌交じり、ご機嫌な松崎の頬がクッと上がる。  何を企んでいるのやら。 「酒呑んでっから送れねぇぞ」 「わかってますよ。電車で帰ります」  ここは会社のすぐ近くだから、駅までの道を訊ねずとも迷わずに帰ることが出来る。  しかも定期券が財布にあるか…ら………、っ!!  違う! 無い! 財布!!  そうだ。昼間一度家に帰った時、言われたんだ。 「車でまた送ってきてやるから、携帯だけ持って後は置いてこい。メシ代は俺の奢りだから、財布も持ってくんじゃねぇぞ。逆に失礼だからな」って。  送ってもらえるならと部屋の机に財布の入ったカバンを置いた。………そんな記憶が蘇る。 「……あっ、松崎さん! 電車賃貸してくださいよっ」  唯一の帰る方法を思い付いて慌ててお願いするも、向けられたのは……  やっと気付いたかと言わんばかりのしたり顔。 「や〜だね」 「っ!!!」  ここに来て漸く嵌められたことに気付いた裕翔は、直後、声もなく床へと沈み込んだのだった。

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