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第20話 ピチピチ

 チャプン───と響くのは水の音。  正確には、40度、バスタブに張るには適温のお湯の音。  入るのは二度目のこの場所で、初めて湯舟に浸かっている。  ゆっくり温まってこいと、送り出してくれた人の言葉に甘えてまったりと、疲労回復を謳う入浴剤を入れた広いバスタブで脚を伸ばす。  好きなものを使っていいと見せられた入浴剤は、炭酸ガス系、生薬系、リラックスハーブ系と、全てが疲労回復用途のものだった。  担当の仕事の他に、自分含め2人の新人指導と、上から下から挟まれる立場。  傍で見ている自分にさえも気付かせずに、精力的に働いているけれど。  ───やっぱり疲れてるんだろうな……  お風呂から出たらマッサージでもしてあげようかな、と裕翔は昼間姉の買い物の付き合いで疲労を湛えた脚を揉みほぐしながら、ぼんやりと考えた。  あの人、もういい歳(オジサン)だし。……あ、ちがった。  意外と、若かったんだっけ………      ♢  ♢  ♢  ───それは、裕翔が風呂に入る少し前のこと。 「ヒロト」  リビングのテーブルに晩酌のセットを置いた松崎が、どかりとソファーに腰を下ろすなり両手を広げた。 「………何勝手に名前で呼んでんですか……」  上司宅に泊まっていく旨、母親に連絡を送り終えた裕翔は、顔を上げると家主相手に白い目を向ける。 「名字呼びじゃ、仕事飲みみてーで堅っ苦しいじゃねぇか」  お前も呼べよと言われたから、覚えていませんと可愛げなく返す。  本当は知っているけれど、それを知られるのも名前で呼ぶのもなんだか恥ずかしい。 「松崎健吾(・・)だ。お前なぁ、直々の上司の名前ぐらい覚えとけよ」  わざと眉を顰めながら、ホラお前の、とカルピスソーダをグラスに注いで裕翔の目の前に滑らせる。 「仕事飲みじゃないって言ったくせに、自分で上司とか言ってるー」  棒読みで責めてやると、松崎は「うっせ」と笑いながら返した。 「ツンツンしてた猫が懐いたみてぇで気分いいんだよ。膝乗ってもっと懐いとけ」 「やですよー。加齢臭が臭い移りしそう」 「は!? まだしねぇだろ加齢臭なんざ。まだピチピチの二十代だぞ」  そう言いつつ手首やらを嗅いで臭いを確認する松崎。  本当は臭くないけどね。  男臭い匂いは感じるけれど、別段不快なものではない。汗っかきなことに気を使って振っているコロンの香りも、裕翔的には好ましいと思っている。  だと言うのに、誂われていることに気付かず臭いを気にしている松崎に、裕翔は思わず噴き出しそうになって。  ………ふと、動きを止めた。  ……ん…………?  …………んん?? 「松崎さん、今……、二十代って言いました!?」  驚いて声を上げた裕翔に、松崎は途端眉を顰め不機嫌を全面に出す。 「まだ29。三十路手前だよ。お前、俺のこと幾つだと思ってた?」 「えぇぇっ!?  33〜4?…だと」 「誰が30代半ばだ。8月に29になったばっかだから、入社7年目。お前とは学年で6つしか変わんねぇの」 「ええ……、うそだぁ」 「嘘じゃねぇよ。主任になったのも今年度からだし」  松崎は指を曲げては「えぇ…、むっつぅ!?」などと呻いている裕翔を、膝に乗せることを諦めたらしく。  グラスに焼酎と炭酸水を2:1で注ぐと梅干しひとつ放り込んでグルッとかき混ぜる。  だいぶ濃い目の梅サワーをグッと煽ると、酒臭い息をフゥーっと吐き出した。 「二課にお前採用()ってやったのも俺なのになぁ。薄情なもんだ」

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