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第21話 爽やかと筋肉と
「あっ、それずっと七不思議だったんです。なんで俺、爽やか一課じゃなくて、マッスル二課なんですか?」
自分を二課に採用したのは松崎だと聞き、裕翔は話に俄然興味を持ち、身を乗り出した。
「いや、色々ツッコみてーことあんだけどさぁ…」
セリフの中に3つばかり気になる箇所が有ったのだが、早く話せと言わんばかりに至近距離で見上げてくる二つの瞳。
仕方ねぇなと口には出さず頭を掻くと、松崎はグラスを置いて話す態勢に入った。
「入社前の研修旅行のこと、覚えてるか?」
入社前、三月中に全国から内定者達が集められ、二泊三日、泊りがけで社会人としての在り方を学んだ研修のことだ。
裕翔はすぐに「はい!」と答える。
先が聞きたくて仕方がない。
「社員が代わる代わる様子見に行ってただろ。あれ、俺も行ったんだよ」
「覚えてますよ。なんかすっごいおっきい人来てるってちょっとした騒ぎになりましたもん。事業所行った立川さん、背が低いもんだから皆から、あの人 立川さんの倍ぐらいあるよ、って誂われて」
「ああ、あのちっこいのか。身長は兎も角、体重は倍ぐらいあるだろうな。背はあって150ってとこか? 40kg無いだろ、きっと」
「体重はわからないけど、身長は147.5cmって言ってました。初めは150って言ってたんだけど、本当は?って聞かれて、観念して白状しました」
「ハハッ、白状ってお前」
自称150cm。
それぐらいは超えたかった。
四捨五入すればそうなのだから、申告は150cmでいいじゃない。
低身長女子あるあるだ。
そしてまた、147.5cmと白状しつつ、実はそれに1mm足りていないこともあるあるだが、気付いてもそっとしておいてあげて欲しい。
人間とは、見てみぬふりを出来る生物なのだから。
「名刺交換、電話対応、座り順、マナー研修から始まって、…まあ色々やっただろ。タイピング、身体測定に体力測定、休憩時間に男女混合バスケ」
「休憩が休憩じゃ無くなっちゃいましたけどね。その後 皆でゼエゼエしながら茶道のお手前体験しました」
「ああ、そんなんもあったっけか」
社会人として表舞台に立つにはこんな事まで必要になるのか、とその時は思ったが、その後 仕事をする上で茶道に出会ったことは一度もない。
まだ無いだけなのかもしれないが。
「俺が見学したのは、初めの自己紹介と体力測定、バスケやってた時とメシん時な。営業二課 でやってくのに必要な要素がそれらにあるから」
「バスケとご飯にも…?」
「そうそう。自己紹介で、ハキハキと明るく挨拶できるかを見る。物怖じするようなら営業、特に二課には向いてねぇからな。
体力測定は言わずもがな。一課がホワイトカラー相手なら、二課 はブルーカラーが営業相手の体力勝負の部署だろ。
疲労や精神的にやられてメシも食えねえってんじゃ、話になんねぇ。体力回復の為に食える奴がいい」
「それで食事の時間まで……。でも、バスケは遊びじゃないですか」
「その遊びの場で、どれくらい熱くなれるか、周りと打ち解けられるか、周囲をどれだけ気に掛けられるか。だが、ただ熱いだけじゃ、一人相撲になりかねない。熱さの中でどれだけ冷静さを保って、周囲 を見ていられるか。
営業には必要な要素だろ?」
「なるほど…。そうなんですか」
「お前、ヘタクソな癖に一生懸命で、周りから囃されて怒っても結局かわいーだけで笑われてっし。…それに、ボールと関係ねぇとこで転んだ女子 目敏く見つけて助け起こしてたろ」
「っ!………そんなトコまで見ますか、普通………」
「だから、そう言うとこ見たくて行ってんだろうよ、社員達は」
球技は苦手で、目立つ活躍も無かったから、別段注目される事もなかっただろうと思い込んでいただけに……
松崎の記憶の自分はすぐにも消してほしい程に恥ずかしかった。
「今年初め頃にな、課長から言われたんだよ。主任に上げるよう推薦してるから、今年の新人指導は俺に任せるって。だから、入社前研修にも参加して、自分で見極めて来いって。
で、選んだのが垣内と───お前」
射抜かれそうな強い視線に真正面から捉えられて、裕翔は───
恥ずかしさを感じていたときよりもより赤く、顔を染め上げたのだった。
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