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第25話 誰のもの

松崎には不必要なドライヤー。 それは、他にそれを使う存在がいることを示すアイテムだ。 だったらこの新品の下着(ビキニ)も……… その人の買い置きのものなのかもしれない。 男物だけれど、こんな、見る者を魅惑しようとするパンツを穿いてる人なんて…… 綺麗な、松崎好みの顔をした、男の恋人なのかもしれない………。 彼が言った『妄想から飛び出てきた新人』が、自分なのではと思ったけれど、 ただの思い込みで、もっと好きな顔があの中に居たのかも。 知らず浮かれていた気持ちがしゅんと沈み込む。 その意味に気付かない裕翔は、それでもなんとなくドライヤーを使う気になれなくて……… 肩にバスタオルを乗せたまま、リビングへ戻った。 「お風呂、お先にありがとうございました」 「おう」 応えた松崎は絶好調なようで、既に焼酎の瓶が一本空きかけている。 「ん? ドライヤー使わなかったのか?」 濡れた髪のままの裕翔に気付いて、首を傾げる。 「だって、あれ…、松崎さんのじゃないでしょう?」 拗ねた口調でそっぽを向く裕翔。 その行動の意味に気付いた松崎は、可笑しそうに口元を緩ませると、まあな、と短く答えた。 「前もタオルドライだったから、それでいいです」 口をツンと尖らせる。拗ねた時の裕翔の癖だ。 完全にヘソを曲げている。 「そっかぁ。せっかくお前の為に買ったのになぁ」 松崎はわざとらしい口調で、残念だなぁ、と余裕な笑みを浮かべた。 俯いていた裕翔の頭がピクンと反応した。 「俺の為……?」 「そう。またお前 泊まり来ねぇかなーつって、買っといたドライヤー。だからまあ、お前の言う通り、俺のじゃなくて、お前の専用な。電気も未通」 「えっ、じゃあ、これも?」 ピランと捲ったパジャマの裾から、隠れていた白く滑らかな太腿と、面積の小さな黒いビキニパンツが覗く。 「ぅわっ……、お前なぁ!」 「このエッチなパンツも俺の為?」 「そうだけど、…いきなり見せんな。心の準備くらいさせろ」 何のための心の準備かは分からないが、パンツ一枚見せられたくらいで動揺する松崎の姿に悪い気はしない。 「なぁんだ。恋人がいるわけじゃないんだ!」 「なにお前、俺に恋人いないのそんなに嬉しいの?」 「はいっ!」 「なんで?」 「え…?」 「なんで嬉しいんだよ?」 なんで………? なんで俺、松崎さんに恋人いない事が嬉しいんだろう……? う〜〜〜ん………… 裕翔は難しい顔をして首を捻る。 「………俺に恋人いないのに、松崎さんにいたら、なんか腹立つから?」 「オイオイ櫻井クン。俺、年上の上司な?」 「えー…? でも、他に理由が思いつきません!」 「不合格。俺も風呂入ってくるわ」 立ち上がりざま松崎は、裕翔の頭にバスタオルをふわりと被せた。 「ドライヤー使って乾かせよ」 「はーい」 「って、なに付いてこようとしてんのお前は」 俺が風呂に入ってる間に乾かし来いよ、とそれは正論なのだけれど。 「ついでだから筋肉見ようと思って」 「なに、お前、俺のちんこ見てぇの?確かに筋肉はスゲェよ」 「それはいいです、なんか負けた気になりそうだから。あ、でも意外と粗チンかも?」 「粗チンじゃねーよ。立派なもんだ」 「じゃあやっぱりいいです。代わりに筋肉触らせてください」 「なんの代わりだ、なんの」 「女性陣には触らせてるんだからいいじゃないですか」 「アレは向こうが勝手に触ってくんの」 「じゃあ俺も勝手にさ〜わろっ」 「そんなエロい格好で、なに? お前、俺のこと煽ってんの?」 「なにそれ〜、スケベオヤジ〜」           ♢ 触れられそうになったところを既で避けて、裕翔はキャラッと笑う。 若者らしい身軽な動きに、それを追いかけてしまった自分のゴツい手に……。 いやマジでこれスケベオヤジだわ…… 自分の行動に頭を抱えた松崎は、自嘲の乾いた笑みを零した。 「俺、ボディビルダー的な筋肉はムリなんですけど、松崎さんのは実用的ですよね。やっぱりまだ水泳続けてたりするんですか?」 袖を捲りあげて「むんっ」と声を上げた裕翔の腕に、お情け程度の力こぶが浮かぶ。 「まあ、ジムで泳ぐくらいだけどな。若い頃運動してたし、それやめて同じだけ食ってたらマズイだろ。現役時代は一度の食事で5,000摂れって言われてたしな」 「5,000…カロリー? って、1日じゃなくて!?」 「そ。1食で。流石に今はそんな食わねぇけどな」 松崎も同じようにして盛り上がる上腕を見せてやると、裕翔は目を輝かせて、おおっ!と歓声を上げながら拍手した。 「それに、取引先でも重いもの運ぶ手伝いとかすっだろ?」 「いえ、………俺、松崎さんや先輩方がお手伝いしてる時、大概事務所でお菓子頂いて食べてます……」 「………そうだっけな」 華奢な身体に日焼けしていない白い肌、中性的な整った容姿。 ブルーカラーの仕事人達は、出会い頭にまず裕翔に見惚れて、よろしくお願いしますとはにかまれれば老若男女皆一様に顔を赤く染め。 どちらがお客様なのだか、そこから裕翔は過剰な接待を受けることになる。 容姿端麗な新人は、この美人に微笑みかけてもらえるならば、なんでもやってやろうと思わせるチート設定を持って産まれてきたらしい。 訪問のお伺いの電話をさせれば、何時に来るのかと担当者以外もそわそわし始めるそうだし、行けば美味しそうなお菓子とお茶が用意されていて、「松崎さんもどうですか?」なんて上司がオマケのような扱いで勧められる。 物怖じしない性格。しかし甘やかされることに慣れ過ぎて調子に乗ったりしないのは、女家族が程良く(?)厳しく育てた所為か…。 なんにしろ、二課の営業向けであることは間違いない。 人事会議で頑張った甲斐があったものだ。 仕事場でも周囲と上手くやっているし、プライベートでも家に誘ってこう、上司部下としての良い関係性が………… 「で、本気で触んの? お前…」 「はい。とりあえず、胸筋と腹筋だけでガマンしといてあげます」 「わぁ……。ありがとうございまーす…」 これ、風呂で一回抜かねぇとダメなヤツじゃねぇか……?

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